ここから本文です

無償で家族の介護を社会で支える 埼玉県で全国初のケアラー支援条例

4/9(木) 10:03配信

福祉新聞

 無償で家族を介護している人などを社会全体で支えるための「埼玉県ケアラー支援条例」が3月27日、県議会で可決、成立した。介護する人に焦点を当てた全国初の条例で、18歳未満をヤングケアラーとし、その支援を特記したのも特徴だ。国や他の自治体に先立つ取り組みとして注目される。

 条例では、ケアラーを「高齢、障害などにより援助が必要な親族、友人などに対し、無償で介護、看護、日常の世話などをする人」と定義した。例えば、依存症やひきこもりの家族を支える人なども含まれる。

 介護に疲れ、体調不良や孤立しがちなケアラーが、健康で文化的な生活を送れる社会の実現を目的とする。介護事業所や医療機関などを通じてケアラーを見つけ、抱える課題を聞き取り、具体的な支援につなげるという構想を描く。

 県には、基本方針や具体策を盛り込んだ推進計画の策定を義務付けた。体制の整備や関係者との連携に努めることとし、支援する人材の育成、民間支援団体への情報提供、啓発活動も行う。また、県民、事業者、関係機関の役割も明記された。

 ヤングケアラーについては、成長の重要な時期にあるため、適切な教育機会の確保、発達や自立の支援を行う。特に教育機関は、健康状態や生活環境、支援の必要性などの把握に努めることとした。 

 条例は同31日に施行された。今後は、県の推進計画を実効性のある内容にすることが重要となる。

 県の担当者は「2020年度に地域包括支援センターの調査や関係者ヒアリングを通じて実態を把握し、21年度からの高齢者支援計画などに位置付ける。高齢以外の分野とも連携して進めたい」と話している。

小5から祖母を介護 「やるしかなかった」と神谷さん

 神谷尚樹さん(23)は、3歳の時に両親が離婚し、母代わりとなってくれた祖母を、小学5年から介護した。

 祖母が大腿骨を骨折し、杖なしで歩けなくなったことがきっかけ。父と姉は仕事で忙しく、「家にいるのは自分だけ。やるしかなかった」と言う。

 介護保険を利用したが、生活のすべてについてサービスを受けられるわけではない。神谷さんは、朝夜の食事の支度、通院の付き添い、日常の世話をすることになった。

 食事はスーパーなどで買ったり、時には祖母に教えてもらって調理したりすることもあった。学校は遅刻しがちになった。

 その後、祖母は肺炎や胃がんなども患い、認知症の症状も出てきた。神谷さんは服薬管理をしたり、高校でクッキング部に入り調理した食事を家に持ち帰ったり、介護中心の学生生活が続いた。

 アルバイトもしたかったが、諦めた。自由に使えるお金が少なく、友人と遊ぶ時に借りることもあった。東京ディズニーランドに遊びに行った時、呼び戻されることもあった。「一番つらかったのは大学受験の時期。認知症もひどくなっていて、大変だった」と神谷さん。

 ストレスがたまって、物にあたったり、携帯電話の着信を無視したり。時には、祖母に暴言を吐いてしまうこともあった。

 ただ、介護が当たり前だった神谷さんは、それを恥ずかしがったり、隠したりすことはなかった。友人には事情を話し、協力してもらった。ホームヘルパーに助けてもらうこともあった。

 大学1年の時、祖母が入院した際、病院側が、祖母の状態と介護の負担を心配してくれ、老人保健施設に入ることになった。その後、有料老人ホームに移り、今年3月、95歳で亡くなった。

 葬式では、3歳からの思い出が蘇り、自然と涙があふれた。「今の自分があるのは、祖母のおかげ」と感謝する。4月から働き始めた大手スーパーでは「福祉の資格をとって介護の経験を生かしたい」と胸を張る。

 埼玉県ケアラー支援条例については、「介護のため、学校に行けない、就職できない、としたら、それは大人の責任。子どもは声を上げられない。条例により、ヤングケアラー支援の実践が全国で進み、将来的には国が法律を作ってほしい」と話す。

1/2ページ

最終更新:4/9(木) 10:05
福祉新聞

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事