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日本映画史上初、空白の1か月…1534スクリーン“映画の灯”が消えた日に思うこと

4/9(木) 16:54配信

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戦後直後にわずかの期間休館したのみ…太平洋戦争末期でも黒澤明監督「續姿三四郎」が公開

 映画の灯が消えた。7日夜、7都府県に対して発令された緊急事態宣言を受け、その地域では映画館が8、9日から一斉に臨時休館することになった。期間は「GW明けの5月6日まで」としているところがほとんどだが、中には時期を定めなかったり、「5月中旬まで」とする劇場もある。映画館は年中無休がほとんどで、1か月間にわたって、休館するのは戦時中もなく、日本映画史上初の出来事になる。

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 日本に初めて映画が入ってきたのは兵庫・神戸花隈にあった洋館「神港倶楽部」。エジソンが発明した世界初の映写機「キネトスコープ」によるもので、1896年11月のことだった。そして、日本初の常設映画館が誕生したのは、その7年後の1903年10月、東京市浅草区浅草公園六区の「電気館」だ。

 当時、広場などにテントなどを巡らせて、映写機を設置して上映する「移動上映」が主流。おそらく、サーカス団のテント公演のようなものだったのだろう。さらには1907年に大阪・難波に初の常設館「千日前電気館」がオープン。以降、全国にいろんな「電気館」という名称の映画館ができる。熊本にある映画館「Denkikan」(1911年1月オープン)はその名残である。

 なぜ、そんな古い話を書いたかというと、日本に映画館ができてからというもの、こんなに多くの映画館が1か月間も休館したことがないからだ。太平洋戦争末期の1945年5月でさえも、黒澤明監督の「續姿三四郎」が封切られている。戦後、8月15日以降は上映する作品がなかったため、映画館は休館していたようだが、8月30日からは佐分利信主演の「伊豆の娘たち」(松竹大船)と豊臣秀吉の若き日の恋と立身出世を描いた「花婿太閤記」(大映京都)が公開になっている。これまで“映画の灯”が消えたことはほとんどなく、どんな時も、市民の生活には必要不可欠な存在だったのだ。それは今でも同じだと、私は思っている。

 全国のスクリーン数(2019年12月末現在)は3583。うち東京(392)、神奈川(193)、埼玉(209)、千葉(220)、大阪(224)、兵庫(122)、福岡(174)の計1534スクリーンが消えた。筆者は緊急事態宣言が発令される直前の7日昼、あるシネコンに出かけた。移動には自家用車を使い、マスクを着用し、アルコール消毒も念入りにして。外出自粛要請もあって、シネコンは既に閑散。100人強収容の劇場内には3人だった。

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最終更新:4/9(木) 16:54
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