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航空機のシミュレータを巡るビジネス(6)空飛ぶインフライト・シミュレータ

4/22(水) 12:11配信

マイナビニュース

空飛ぶシミュレータ

インフライト・シミュレータ、英語ではin-flight simulatorと書く。その名の通り、「飛行しながら動作するシミュレータ」であり、飛行機の機内に設置して動作させる。「いちいち実機を飛ばさなくても、地上で同じことを模擬できるのがシミュレータだろうに、どうしてそれをわざわざ実機に積むのか」と、不思議に思われるかもしれない。

【写真】現役時代の「MuPAL-ε」。これも一般公開イベントで展示された時の撮影(提供 : 吉村彰大氏)

インフライト・シミュレータは主として、研究開発の現場で使われる。研究開発の現場では、開発中の機体、あるいは実際には存在しない機体を模擬したシミュレータで試験を行うことがある。しかし時には、どうしても空を飛んでいる実機を使わないと困る場面があるのだという。

また、特定の飛行条件を模擬した試験を行う際に、実機の利用が難しい場面がある。例えば、大型機を特定の飛行条件下で飛ばす試験を行いたいが、安全性の観点からすると実現は難しい。それに、試験に使える都合のいい機体があるかどうかわからないし、大型機は飛ばすにも維持するにも費用がかかる。

そこで、別に既存の機体を用意して、そこにインフライト・シミュレータを組み込む。その機体が飛び立って、機上に搭載したインフライト・シミュレータを動作させると、飛んでいる機体が別の機体の飛行特性を模擬するようになる。インフライト・シミュレータを操縦するパイロットは、インフライト・シミュレータが模擬した機体の飛行を体験できる。

もちろん、インフライト・シミュレータは何らかの制御則に基づいてコンピュータ制御で動作するわけだから、模擬する対象の機体について、コンピュータ・モデルを構築してデータを用意する必要はある。難しいのは、航空機の運動が「突風に対する機体固有の応答」と「パイロットの操縦操作に対する応答」の組み合わせで成り立っており、その両方を同時に模擬しなければならない点だという。

事故調査でも役に立ったことがある

実は、インフライト・シミュレータは事故調査でも役に立ったことがあるそうだ。それが、1985年に発生した日航123便墜落事故。

この事故では、尾部の破壊によって当該機がダッチロール運動に陥ったのではないか、という推測が出てきたため、それを実地に検証しようということになった。そこで登場したのが、当時、科学技術庁・航空宇宙技術研究所(NAL : National Aerospace Laboratory)が保有していたビーチ・クインエア(登録記号JA5111)である。

NALは航空宇宙分野でさまざまな研究を行う機関だが、新たな技術研究を行うのだから、実機がないのに実機を飛ばして試してみたい、という場面は当然ながら発生する。そこで、ビーチ・クインエアを改造してインフライト・シミュレータの機能を組み込んだ機体を持っていた。1962年の導入当初は普通の実験機だったが、1979年に改造を受けてインフライト・シミュレータの機能を組み込んだそうだ。

そこで、事故機の飛行特性に関するデータを、クインエアのインフライト・シミュレータで使用する制御用コンピュータに組み込んだ。それを使って、飛行中に事故機の挙動を再現してみたのだという。もちろん、高度などに十分なマージンを取った上でのことである。

航空関連の研究機関というと、機体構造、空力、エンジンといった分野を手掛けているだろう、とは容易に想像できる。しかしそれだけでなく、NALには大型コンピュータによるシミュレーションを手掛ける部門や、フライト・シミュレータや計測を手掛ける部門もあった。

MuPAL-αは今も現役

クインエア(2011年に退役)に続いて、NALは1988年に導入したドルニエDo228(登録記号JA8858)にも、インフライト・シミュレータの機能を導入した。このDo228は、組織が宇宙航空研究開発機構(JAXA : Japan Aerospace eXploration Agency)に変わった現在でも現役だ。

このDo228には名前がついていて、「MuPAL-α」という。MuPALは Multi Purpose Aviation Laboratory の略で、まさに「空飛ぶ研究室」。「我が国の飛行システム分野における、実証的研究を飛躍させる」「先進的航空技術の発展に寄与する」といった目的を掲げている。

オリジナルのDo228と違い、インフライト・シミュレータを組み込んだDo228は、操縦系統がフライ・バイ・ワイヤ化されている。それはよくよく考えれば当然のことで、コンピュータで別の機体の操縦特性を模擬するのだから、コンピュータが操縦系統の動きを指令できないと仕事にならない。

操縦翼面はそれでいいが、エンジン推力のコントロールはどうするか。こちらは、パワーレバーを(人の手ではなく)アクチュエータで動かす方法を用いているそうだ。パワーレバーの動きに対して、エンジンの出力トルクがどう変動するかを事前に計測しておけば、インフライト・シミュレータによる模擬の際にパワーレバーをどれぐらい動かすかを判断する材料ができる。

インフライト・シミュレータの制御則に、先に書いた「突風に対する機体固有の応答」を模擬する機能を組み込むことで、機体が乱気流の中を飛行しているときの運動を再現する、なんていうこともできる。本当に乱気流の中に突っ込んだら危なっかしいが、インフライト・シミュレータによる模擬なら、乱気流が起きていない場所で安全に実験ができる。

ちなみに、MuPALには別の機体もあって、それが「MuPAL-ε」。三菱重工のMH2000Aヘリコプターを改造して、ヘリコプター関連の研究用とした機体で、2013年まで運用していた。この機体は現在、あいち航空ミュージアムで展示されている。


著者プロフィール


井上孝司

鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。

マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。

井上孝司

最終更新:5/13(水) 11:11
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