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「アナと雪の女王」上演へ 「劇団四季」創設者・浅利慶太氏の「志」を継ぐ

4/26(日) 14:01配信

MBSニュース

日本各地に専用劇場を持つ「劇団四季」。創設者・浅利慶太氏の圧倒的なカリスマ性によって、規模は拡大を続けてきた。だがいまは、新型コロナウイルスの感染拡大で劇場を開けない状況が続く。かつて経験したことのない苦境の中で、浅利氏からバトンを受け継いだ吉田智誉樹社長(55)はいま、何を考え、どのような劇団の未来図を描こうとしているのだろうか。

新型コロナウイルス感染拡大の影響は想像以上

―――新型コロナウイルスの影響は深刻ですね
今年の3月31日時点で、すでに280回くらいの公演が中止になっています。これは、専用劇場の10か月分の回数です。実に大きなダメージです。演劇は非常に難しいものだなとつくづく感じます。社会が安定していて、健康な状態でないと十分に機能しない芸術だと、改めて思い知らされました。

演劇との出会いは高校時代

―――そもそも、吉田さんと演劇との出会いは何だったのですか?
高校生の時、先輩からの誘いで渋々、演劇部に入ったのが最初です。ところが、やってみるとわかるのですが、一度やってみると面白くてしょうがない。たちまち夢中になりました。大勢の仲間と初日に合わせて、集中して準備し、そこから始まってあっけなく終わる…。その感じが好きでたまらなかった。

―――大学は慶応に進まれましたよね
大学では演劇研究会に入りました。高校時代は「劇団四季」もよく見ていましたが、大学に入ってからは先輩の影響もあって、小劇場とかで小さな劇団の芝居も見るようになりました。そんな中、当時、寺山修司さんの芝居は拝見したことはなかったのですが、書いたものをたくさん読んでいて、その中に浅利慶太さんが出てきて、本質的に演劇をとらえている人だと、とても印象的でした。

浅利氏に会いたくて受けた「四季」就職試験

―――浅利さんに興味を持って「四季」に入団された?
就職面接を受けるチャンスに、浅利さんと話が出来れば、と思って「四季」を受けました。最終面接には出てくるのではないか、と…。そしたら、意外にも一次面接から出てきて…。

―――一次面接で夢が叶いましたね
ただ、あの迫力ですから、借りてきた猫のようになってしまって…。浅利さんに聞きたいことがあって、せっかく用意してきたのに質問をする余裕は残念ながらありませんでした。ただ、よく覚えているのは、浅利さんは慶応の先輩ですが、「君は私の後輩だ。私が、劇団をつくったのは20歳の頃だった。あなたも履歴書をみると芝居をやっているみたいだけれど、なんで自分で劇団をやらないの?」と言われました。

―――答えに困りますね
返答できなかったことをよく覚えています。

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最終更新:4/26(日) 16:16
MBSニュース

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