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新型コロナ騒動とアマゾン移民史 往時のマラリア禍の心情を今に懐う パラー州ベレン市在住  堤剛太

5/13(水) 6:35配信

ニッケイ新聞

 現在、パラー州では外出自粛処置が取られすでに3カか月目に入っている。私の住むベレン市では、病院施設がすでにパンク状態と発表され、4月下旬からはマスク無しでの外出は禁止になりまた。4月27日からは罰金を伴う営業活動の停止処置も取られ、5月7日からはベレン市を含めた10市でロックダウン(都市封鎖)が宣言された。
 集団感染の発生を何とか抑えようと、州や市当局も必死である。
 隣州のマナウスでは、森林火災並みの規模で感染者が増えておりこちらへ飛び火してこない様に、当局はかなり憂慮している。4月の半ばに、マナウスからベレンへ飛んできたアズール航空機がベレン空港への着陸を認められず、出発地のマナウスへと引き返していったケースもあった。
 筆者は、この自宅待機の機会を利用して長い間温めていた「アマゾン日本人移住の記録」の保存作業に取り組むことにした。具体的には、これまで長い年月を掛けて収集した資料類を整理まとめその後、執筆しようというのだ。
 この資料中には、先駆移住者へのインタビュー録音や古い新聞記事、手紙。アマゾン移民に関する外務省の評価記録等があり、筆者にとっては自慢のお宝類である。
 伝説の柔道王コンデ・コマさん、南米拓殖の福原八郎氏直筆の手紙もその中にあり、一級の資料類なのだ。
 中国で始まった新型コロナ騒動がやがてブラジルにも達し、そしてパラー州でも日々感染者が増え始めた3月、早々と州知事の外出自粛例が出された

新型コロナの感染率どころの騒ぎではないトメアスーのマラリア禍

 その頃、筆者はふと思うことがあった。
 それは昔、アマゾン地方に入植した移民の人達が過酷な熱帯の気候下、待ち受けていたマラリア、アメーバ、黄熱病、象皮病、寄生虫類等の熱帯病・風土病の前になす術もなくバタバタと倒れて行った事に関して、その頃と現在の新型コロナ禍は似たような状況だったのだろうかと、考え込んだ。
 新型コロナへの感染者数が増加し続け現在では、罹患者を収容できる医療施設が無いに等しいとのベレン市長の苦渋の発表を聞くにつけ、開拓当初病に倒れても病院へ運ぶ事すらできず帰らぬ人となった多くの犠牲者の話しが重なってきた。
 アマゾン地方に、日本人移民が最初に入植した地トメアスー(旧アカラー)では昨年90周年の移住祭を実施した事は、ニッケイ紙などでも大きく取り上げられ読者の記憶にも新しいことであろう。
 実は、南米拓殖企業(鐘紡が母体)所有の60万ヘクタールに及ぶこの入植地は、後に悪性マラリアの巣となっているのだ。入植4年後の1933年1月に158人の罹病者を数え、その年の暮れには3065人にまで膨れ上がっている。
 この時期の入植者数が、2043人であったから一人で何回も罹病していた事になる。これは、新型コロナの感染率どころの騒ぎではない。
 アノフェレス蚊によって媒介されるマラリアの種類には、良性と悪性のものがありトメアスー植民地で戦前猛威を振るったのは悪性の方であった。
 この病気に罹患すると、治療薬として投与されたキニーネによって血液中の赤血球が崩壊され病人から当初赤い尿が出、次いでコーヒー状の黒褐色となることから「黒水熱(病)」と呼ばれている。移住者たちの間では「赤ションベン」で通っていたようだ。

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最終更新:5/13(水) 6:35
ニッケイ新聞

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