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鈴木紗理奈『めちゃイケ』で大ブレイク、最愛の人と結婚 じつはセルフマインドコントロールで持ちこたえる日々

5/13(水) 16:00配信

本がすき。

鈴木紗理奈は、不思議な立ち位置のタレントで、女優だ。50万人以上いる、紗理奈のインスタグラムフォロワーは、主に20代後半から30代。ちょうど北極星のように、40代半ばになった紗理奈の「今」は、年下の女たちにとってある種の道しるべになる。つねに夢を見せ続ける存在の松田聖子らとは異なり、ときに自虐的、でも黙っていれば美女、ときにプロの権化、生き方も器用なのか不器用なのか、ひと言では表しにくい。でも、気になる「姉」として輝き続ける。3月に出版したエッセイを傍らに、鈴木紗理奈について考察した。

「キセキノ・ハガキ Sarina Suzuki!」

コールされた瞬間、女優・鈴木紗理奈は新しい場所に立った。それは2017年7月、映画『キセキの葉書』(ジャッキー・ウー監督)で、マドリード国際映画祭最優秀外国映画主演女優賞を受賞した瞬間だった。

「大阪弁丸出しの元ヤンタレント・鈴木紗理奈」が、女優業を本格的に始め、ドラマに出るようになってどのくらいになるだろう。

当時、当たり前のようにルーズソックスを履いていた私は、彼女の登場を少し冷めた目で見ていたように思う。

鈴木紗理奈というバラドルを初めて目にしたのは、『めちゃ×2イケてるッ!』という、当時はまだ若手だった大阪出身のお笑い芸人がMCを務めるバラエティ番組だ。

そこに現れた彼女は、ゴリゴリの大阪弁をしゃべる元ヤン丸出しのギャル。「はいはい、必ず出てくるよね……こういう子」なんて、TVを横目に思ったのを覚えている。

芸能活動はしていたのかもしれないが、それまではあまり印象に残る出番はなく、『めちゃイケ』では、同じく芸人出身ではない雛形あきこが清純な感じなのに対して、可愛いけれど少し蓮っ葉で、巻き舌で関西弁をしゃべる「変な女の子」。

番組の内容は、当時売り出し中の若手芸人たちが、様々なキャラクターに扮してコントを繰り広げる。

そんなハチャメチャなコントに、いつもお嬢さま然として特に何もいじられない雛形あきこと対照的に、紗理奈は若手芸人にイジられまくって体当たり的な演技を繰り広げていた。

そんな鈴木紗理奈の、生い立ちから現在に至る全てを吐露した『悩みは武器』(光文社刊)が、先ごろ出版された。

当時はコギャル全盛の時代。ルーズソックスを履いた、自分と同じような女子高生が、日本中に溢れていた。鈴木紗理奈のことは、そんな自分らコギャルの「姉さん」的な立ち位置で、見ていたような気がする。

「いやだ」「痛い」「きたない」などなど、口を開けば、感想ですらない自分の気持ちしか言葉にしない。そんなコギャルと呼ばれた女の子たちの姉さんが、ブラウン管の中で、若手芸人たちに酷い扱いを受けている姿を、当時現役の私は、少し複雑な思いで見ていたように覚えている。

笑えるのだけれど、笑えない。街に出れば「無敵」なはずのコギャルが、芸人たちにいいように弄ばれる姿は、なんだか気になって仕方なかったのだ。

ところがある日、バラエティで見せる半汚れ役とは違った一面を目にした。

「元ヤン」の彼女が、英語が堪能だというのだ。かと言って、流行りの帰国子女でもない。聞けば、やはりべたべたの大阪人だという。

ただ、実家は裕福で、地元ではお嬢様だった。

生まれは大阪。8LDKの実家に、建設業を営む父と警備会社を営む母の元で、3人の兄に揉まれて育った末っ子の長女。少々乱暴に扱われながらも、可愛がられて育ったに違いない。リビングルームにはビリヤード台もあったというから驚きだ。

そして、そんな広い家には、海外から来た交換留学生がホームステイしていて、ある時、オーストラリアから来た留学生に憧れて英語を猛勉強したらしい。

以来、英語の読み書きは堪能だというから、やはりここ一番の集中力はある人なのかもしれない。

そんな裕福な家庭に育った彼女は、シンクロナイズドスイミングやピアノのお稽古を気ままにやり過ごし、当時はやりだったワンレン&紺ブレで難関の女子高に通っていた。

そして、留学するか、芸能界に入るかという岐路に立った時、彼女は誰にも相談することなく芸能界入りを決意する。

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最終更新:5/13(水) 16:27
本がすき。

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