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大分、初タイトルもたらしたのはスポンサーとの絆…08年ナビスコ杯 当時の記者が振り返る

5/13(水) 6:00配信

スポーツ報知

 「勝てば2000万ボーナス」―。決して忘れないように…とでも思っていたのか、12年前の取材ノートにメモされた金額の下には、きっちりと線が引かれていた。

 サッカー担当1年目だった2008年。ブラジル出身のシャムスカ監督が就任4年目を迎えた大分は、リーグ屈指の堅守を武器に快進撃を続けていた。GK西川やDF森重、FW金崎ら若手の台頭も重なり、ナビスコ杯(現ルヴァン杯)は決勝まで勝ち進んだ。

 悲願の初タイトルへ地元も盛り上がるなか、決勝の10日ほど前にクラブのスペシャルスポンサーだった「マルハン」の韓昌祐会長をスタジアムで見かけた。何か面白い話題はないかと、一人でいるところを見計らって突撃。「選手にボーナスとかはあるんですか?」と話を振ってみると「決勝で勝てば考えています」と、あっさり2000万円の臨時ボーナスを約束した。

 面と向かって話すのは初めての記者相手にもかかわらず、あまりに事もなげに話すので「本当に書いていいのだろうか…」と逆に不安に感じたほど。同社はパチンコホールなどを運営する企業とあって、後日の本紙には「大分フィーバー2000万」「大分に出血大サービス!」などの見出しが躍った。

 マルハンは05年7月にユニホームの胸スポンサーになった。当時、Jリーグはパチンコホールなど、いくつかの業種に関してスポンサー契約締結を自粛するよう求めていた。大分のケースは「財政状況などを考えた特例措置」とされたが、07年からは認められず。それでもスペシャルスポンサーとして年間シートを購入するなど支援を続けていた。「胸にマルハンの文字がなかったとしても一緒。いつか理解してもらえる日がくる」と前を向く韓会長の姿が印象的だった。

 08年11月1日の決勝当日、国立競技場には全国から社員が集まり、約1万人のサポーターとともに応援。試合は2―0で清水に完封勝ちし、九州に初タイトルをもたらした。“既報”通り、チームは「マルハン賞」2000万円をゲット。指揮官は「国立はホームのようだった」と声を上げ、決勝点を決めたFW高松は「自分だけの力じゃない。皆のおかげ」とスタンドに手を振った。同社は翌年限りでスポンサーから撤退。大分はJリーグから6億円の融資を受ける経営難に陥り、16年にはJ3も経験したが、あの時会場で感じた一体感は本物だったと思う。

 新型コロナウイルスの影響で中断が続くJリーグ。経営危機がささやかれるクラブもある。スポンサー企業にとっても苦しい状況である今だからこそ、サッカーの持つ力を信じてほしい。12年前を回想しながら、そう願っている。(種村 亮)

 ◆08年大分の快進撃 リーグ戦序盤で3連敗したが、その前年までボランチだった森重を3バックの中央にコンバートした守備陣が徐々に機能。6月からナビスコ杯を含む公式戦17試合連続負けなしを記録し、9月には一時首位に浮上。ナビスコ杯決勝では、約半年ぶりに先発起用した元日本代表FW高松が後半23分に値千金の先制弾。同44分にFWウェズレイがダメ押しした。その後もチームは大崩れすることなく、リーグ戦は4位でフィニッシュ。年間34試合での失点数24(1試合平均0.71)はリーグ歴代最少記録。

 ◆種村 亮(たねむら・りょう)1983年、三重県生まれ。37歳。関大から2007年に入社。サッカー、整理部、文化社会部、アマチュア野球、プロ野球広島担当を経て19年からサッカー現場に復帰。担当クラブはC大阪、神戸。

報知新聞社

最終更新:5/13(水) 6:00
スポーツ報知

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