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ドイツはどうやって「2日」で助成金支払いを実現したのか? 開発元銀行インタビュー

5/14(木) 7:05配信

ITmedia ビジネスオンライン

 1カ月ほど前、「2日でシステム用意、即座に5000ユーロ助成金振り込み」というサブタイトルで、コロナ危機に対するドイツ・ベルリンのスタートアップ企業の取り組み、およびフリーランサーに対するドイツ政府の助成金支払に関する記事を書いた。

IBB Webサイトの助成金受付、キューイングツール(申請者の行列管理システム)画面

 だがその後ずっと、「2日でシステム用意」というサブタイトルの信憑性(しんぴょうせい)について、筆者の頭のなかで、大きな疑問符がグルグルと回転していた。確かに3月18日のメルケル首相演説、3月25日の助成金/援助金の連邦議会承認、3月27日のInvestitionsbank Berlin(以下IBB)の申請受付/給付開始は、私たちが知る限り報道された事実だ。しかしどう考えても、速すぎる。

 そこで、「ドイツには既に、パンデミック・リスク対応BCP(事業継続計画)があって、『ゼーレのシナリオどおり』(from 『新世紀エヴァンゲリオン』)的な感じで事が運んだから、2日で助成金支払いが実現できたのでは?」など、さまざまな妄想が膨らんだ。そこで、実際にベルリンにて助成金/援助金の支払窓口となったIBBのコーポレートコミュニケーション責任者、イェンス・ホルトカンプ(Jenz Holtkamp)氏にインタビューを行った。

――IBBの普段の活動について簡単に教えて下さい。

ホルトカンプ氏 IBBは、ベルリン州の助成開発銀行(Förderbank)です。さまざまなビジネスや不動産事業を支援し、ベルリンをより良く、より住みやすくできるように努めています。

 事業援助では、マイクロクレジットからベンチャーキャピタルまで、幅広い資金を顧客に提供します。ベルリンの起業家のための銀行として、イノベーター/スタートアップ/中小企業がさまざまなアイデアを実現できるよう支援します。このことにより新たな雇用が創出され、多くのインターナショナルな人々にとってベルリンが魅力的な街となるよう、願っています。

 ベルリンに住んでいる、あるいはベルリンに住みたい人々のために、比較的安価な住宅援助も行います。そのため、不動産および都市開発ビジネスユニットでは、新しい賃貸アパート建設融資に重点を置いています。また、地球温暖化対策のため、IBBはエネルギー効率改善策も推進しています。

――コロナ危機対応として用意された援助金/助成金について教えてください。例えば、3月27日から支払いを開始した、Soforthilfe IとSoforthilfe II(Soforthilfeは「即時援助」の意味)の違いは何でしょう?

ホルトカンプ氏 コロナ救急援助金(Soforthilfe I)は、貸付期間最長2年、最大50万ユーロの無利子ブリッジローン(つなぎ融資)としての流動援助金(Liquiditätshilfen)で、中小企業が利用できます。申請は既に打ち切られ、全申請を現在処理中です。

 コロナ助成金(Soforthilfe II)は、連邦政府によって決定された「コロナ保護シールド(Corona-Schutzschild)」からきたものです。自営業者、フリーランサー、最大5人の従業員を抱える中小企業が、最大9000ユーロまで申請できます。従業員10人の企業は、最大1万5000ユーロまで利用できます。

 この助成金は返済義務がありません。IBBのWebサイトにてオンラインでのみ申請できます。3月に既に、ベルリン州は最初の前払いを行い、個人の自営業者、フリーランサー、および最大5人の従業員を抱える中小企業に、最大5000ユーロの助成金を提供しました。

――それに続いて、4月20日に、Soforthilfe IVとSoforthilfe Vという援助金パッケージの存在が報道されました。これらの概要について教えてください。

ホルトカンプ氏 5月11日からIBBで提供を開始したSoforthilfe IVは、11人以上の従業員を抱える文化/クリエイティブ/およびメディア部門の企業を対象としています。 5月18日に申請受付が始まったSoforthilfe Vは、従業員数11人以上の中小企業が利用できるものです。

――なるほど。単独フリーランス、および従業員数が少ない企業からまず援助を開始、だんだん従業員数が多い企業にも援助を行っていく、というシナリオが読み取れます。つまり、コロナ危機で潰れてしまう可能性の高い事業者から順番に救済すると。

――3月25日に、総額7500億ユーロの助成金・援助金パッケージがドイツ連邦議会で承認されました。それからわずか2日後、3月27日には、インターネット上で助成金受付が開始されたことに、世界中が驚いています。日本では、長い間、審議が続きました。日本の新聞、テレビなどのメディアで「ドイツから学べ」という論調が見られます。

 なぜ、IBBはそんなに速く、コロナ救援交付金システム(Rettungszuschuss Corona)を構築できたのですか? なぜそんなに迅速にスピード支給の意思決定がなされたのでしょう?

 メルケル首相からの直接指示というわけではなく、メルケル首相やベルリン州とIBBの中間に、さまざまな意思決定機関があったと、私は推察しています。IBBはどの組織の誰からの指示があって、対応に動き出したのですか? 具体的に可能な限りで、教えていただけますか? 

ホルトカンプ氏 最初のステップとして3月13日に、サービス業と観光業救済を目的として、ベルリン州はIBBに流動資金(Soforthilfe I)を開設しました。 3月19日、単独起業家〜最大5人の従業員を抱える中小企業のためのSoforthilfe IIが、ベルリン州で決議されました。私たちのシステム開発は、この時点からスタートしたのです。

――なるほど、3月25日の連邦議会承認の後ではなく、3月19日のベルリン州決議の後から、開発をスタートしたと。

ホルトカンプ氏 はい。これらの申請を可能な限り迅速に処理するため、私たちIBBは、適切なITシステムと人事体制を一週間で準備しました。申請システムとキューイングツール(申請者の行列管理システム)、支払いシステムの構築だけではなく、不正な利用やエラーを防ぐためのチェックシステムの確立も含めて、です。

 一週間です。従業員の全面的な取り組みのおかげで、私たちはこれをやり遂げることができました。

 そして3月27日には、ベルリン州からの助成金を適用、個人自営業者と零細起業家からの助成金申請を受け付け始めました。同日既に、申請者110人の口座に、合計約100万ユーロの振り込みが行われました。

――本当にスピード対応ですね。他の州でも銀行が援助金支払を行っていますが、知人友人からは手続きが結構面倒だと聞いています。なぜ、ベルリンでは手続きが非常に簡単だったのでしょう? ベルリンには多くのフリーランサーが住んでいることが理由なのでしょうか?

ホルトカンプ氏 ベルリン州とIBBは、申請と処理を最も簡易化する選択を行いました。このことにより、私たちは多くの自営業者/フリーランサー/中小企業を迅速に支援することを目指しました。

――さて、コロナ危機へのドイツの援助金支払いはあまりに迅速でした。あまりに速かったので、こういったパンデミック非常事態に備えて、事前からリスクマネジメントシステム、あるいはBCPがあったのではないかと、私は想像しています。感染症リスクが発生した場合の採るべきシナリオが既に用意されていて、それに従ったため、迅速な対応という結果になったのではないかと。

 例えば日本では、地震が多いので、銀行では震災対応のBCPを用意しています。でもパンデミック対応のBCPは、日本には存在しないと思います。実際、エンジニアとして銀行のシステムを開発したことがありますが、震災対応BCPだけ構築しました。だから今、日本はとても混乱している。そういうリスク管理シナリオ(パンデミックBCP)は、貴行に存在しますか?

ホルトカンプ氏 実際IBBには、高度な危機管理システムが、あるにはあります。でも今回の世界的パンデミック――つまりそれは、世界経済ほぼ全体が一時的に停止することを意味しますが、さすがに、これは「シナリオどおり(Tagesordnung)」ではなかったですよ。銀行従業員全員、IT部門のクリエイティブな従業員に感謝しています。彼女/彼らの昼夜問わずぶっ通しの仕事のおかげで、迅速かつ効果的に対応することができました。

――さて、4月9日に閣議決定されたSoforthilfe IVとVですが、なぜ、IIIがないのでしょうか? この救済金パッケージは前々からリスク対応パッケージとして用意されていたように推測しますが、そうなのでしょうか?

ホルトカンプ氏 いえ、Soforthilfe IIIも存在しますよ。ですが、IBBを通じては処理されません。上院財務省預かりです。このプログラムは、コロナ危機によって限られた範囲でしか働けない受給者への給与支払いを、企業が継続できるよう支援します。

――現時点で何人の申請者がいますか?



ホルトカンプ氏 5月12日までに、IBBはSoforthilfe I 救助ローンでは、合計1620件の申請がありました。これまでに、969件の申請に対して1億690万ユーロが承認され、5800万ユーロが企業に支払われました。

 Soforthilfe II については、単独自営業者や最大10人の従業員を抱える零細/中小企業から約24万件の応募がありました。これまでに、合計18億ユーロが申請者20万8000人に支払われました。

――一週間の準備期間があったとのことですが、インターネット上の申請システムの開発期間はどれくらいかかりました? 何人のエンジニアが投入されましたか?

ホルトカンプ氏 事前に確立されていた設計に基づいて構築しましたので、3日ほどで、全システムが利用可能になりました。約5人の開発者で開発し、それに加えて約7人がインフラと、フォームコンテンツを担当しました。

――申請者が殺到して、初日(3月27日)システムダウンもあったように聞いています。また、受給者数よりも、キューイングツールの処理番号(受付番号)が多いということを聞いたこともあり、ロボットによる悪戯もあったのではないかと噂(うわさ)されています。実際、どうだったのでしょうか?

ホルトカンプ氏 キューイングツールの受付番号は、申請者数と関係がありません。システム的に自動カウントアップであり、また全番号の60%は使用されていませんので。

 事件といえば、3月28日に起こりましたね。 ボットによるDDoS攻撃です。一時的にインフラが麻痺しました。ただし、申請データは、セキュリティシステムで完全に保護されていました。

――インターネット上での攻撃対策について教えてください。

ホルトカンプ氏 ベルリン州とIBBは緊急援助システムを、比較的早期に開始でき、非常に多くのアプリケーションを迅速にリリースしました。その結果、インターネット犯罪者に、偽のサイトを作成する時間を与えなかったと思います。キューイングツール(申請者の行列管理システム)は、フィッシング攻撃の防止にも役立ったと考えますね。サイバー犯罪者は、並んで待つのが好みじゃないようなので。

 また、私たちには非常に優れたSEO対策があります。IBBのWebページは常にコロナ援助で高く評価されます。URLも詐称しにくいよう工夫しています。異常なアクセスを即座に検知できる相互制御メカニズムも実装されています。

――一体どのように、支給可否を審査したのでしょうか? 申請のための入力項目には、納税者番号と銀行口座番号がありました。特に他の情報は提供しなかったので、納税者番号と銀行口座番号を用いて、税務署のDBや、銀行のDBにAPIアクセスして詐欺かどうかをチェックするシステムなのではないかと想像していますが、実際どうなのでしょう?

ホルトカンプ氏 言うまでもなく、申請書を提出するときに必要な全情報は、嘘(うそ)であってはなりません。5月23日以降、コロナ助成金の全受領者に対して、税務署に提出するための証明書がメール配信され、全員に再度詳細を確認する機会が与えられています。

 税務署や連邦および州の監査事務所などを通じて、事後審査が行われます。EU当局も検査権を持っています。申請書に意図的に誤った情報が含まれている場合、補助金詐欺罪となる可能性があります。これらの行為は、懲役5年までの詐欺罪、または罰金で罰せられます。最終的な判決はもちろん法廷に任されます。

――送金件数が多かったと思います。その業務は、IBBの通常業務フローに影響しませんでしたか?

ホルトカンプ氏 はい、そのとおりでした。夜勤を含むIBBのほぼすべての従業員が、コロナ援助業務にかかりきりでした。このため、ここ5週間、他のビジネス開発プログラムの申し込みがあったのですが、5月1日まではそれらのプロジェクトを中断せざるを得ませんでした。

――重複支給などを防ぐ仕組みはあるのですか?

ホルトカンプ氏 申請ツールには、IBAN情報(国際標準銀行口座コード)や納税者番号などを用いて、重複を特定できる自動チェックメカニズムがいくつか実装されています。加えて、念入りに人手によるテストも行いました。

――受取人側の銀行からのデータのフィードバックはあるのでしょうか? 例えば、口座が存在しないなどの受け取りエラー、あるいは、既に受け取り済みであるなどが分かるのでしょうか?

ホルトカンプ氏 IBBのシステムでも独自のチェック処理が実行されますが、受領銀行システムとの連携は非常に優れています。ちなみにこれは、コロナ危機時の連携に限った話ではありません。さらに、商業銀行は、マネーロンダリングなど不正行為に対するチェック処理の実装が法的に義務付けられているため、口座および金銭の動きに疑いのある不正行為を非常に注意深く監視しています。

――最後に、コロナ危機以降の社会はどのように変化していると思いますか?

ホルトカンプ氏 私たち、そして世界中の人々が、もうちょっと長い間、ウイルスと共存する必要が、おそらくあるのでしょう。健康を守るため、ソーシャルディスタンスやマスクの着用など、人々にさまざまな行動パターンの変化が求められます。これに加えて、過去数週間のロックダウンによって引き起こされた、経済的および社会的変化があります。

 しかし、しばらくすれば、経済と社会システムは回復すると、私は確信しています。

 以上が、IBBのホルトカンプ氏のインタビューである。さて、まず私は読者にお詫(わ)びしなければならない。「2日でシステム用意、即座に5000ユーロ助成金振り込み」は、プラス5日、約一週間の準備期間があったというのが事実だ。

 インタビューは、電子メールを通じて行った。ドイツ語でも質問リストはWordで6ページに及ぶ内容であった。ホルトカンプ氏はこの間、とても多忙であっただろう。外国人フリーランス・ジャーナリストの素朴な疑問に答える義務は彼にはないだろう。質問リストを送付してから約3週間回答を待ったが、受け取った回答内容を読みながら、残念ながら日本にはなく、ドイツにはある、とても素晴らしい面をしみじみと感じた。それは、メルケル首相の演説などからも伝わってくる、「誰一人として置き去りにはしない」ための他者への真摯な対応である。

 ホルトカンプ氏に感謝する。

ITmedia ビジネスオンライン

最終更新:5/14(木) 7:05
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