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進化する列車のトイレ 課題は水 150年でどう変わった? 常には使えなかった時代も

5/16(土) 16:12配信

乗りものニュース

鉄道開業当初はトイレなし ゆえの逸話も

 1872(明治5)年に日本最初の鉄道が開業したとき、客車にトイレはありませんでした。開業から約半年後の1873(明治6)年4月、我慢できなくなった男性客が走行中の列車の窓から外へ放尿し、当時の金額で罰金10円を課されたという逸話もあります。ちなみに1881(明治14)年には、窓から尻を出しておならをした人が同じく当時の金額で罰金5円という新聞記事も残っています。車内ですれば皆に迷惑だからという配慮だったそうで、少々気の毒です。

【写真】お召列車にも使われる「和」にはパウダーコーナーも

 車内トイレの始まりは1876(明治9)年に製造された御料車でした。市民向けでは1880(明治13)年、北海道幌内鉄道と山陽鉄道の優等車に設置されていたそうです。官営鉄道は1889(明治22)年、東海道本線の全通をきっかけとして、三等車にもトイレを設置しました。このときのトイレは車両の中央にあったそうです。

 1900(明治33)年には「3時間以上運行し、5分以上の停車時間がない場合は、各車両にトイレを設置せよ」と法律で定められました。これをきっかけに、ほとんどの客車にトイレが設置されたようです。

 しかし、当時の列車トイレは垂れ流しでした。それは時代が進み、筆者(杉山淳一:鉄道ライター)が乗り鉄ビギナーの少年だった1980年代にも見られたもので、当時の鉄道車両のそうしたトイレには「停車中は使わないでください」という主旨の注意書きがありました。排泄物をそのまま線路に落としていたため、停車中にトイレを使うと、その場所に糞尿が集中してしまうからです。

転機は東海道新幹線 しかし「タンク式」などにも新たな問題

 日本の鉄道車両において、垂れ流しから「タンク式」への転機は東海道新幹線の開業でした。高速で運行する新幹線車両で垂れ流すと、糞尿の飛沫の影響が計り知れません。そこで、糞尿をタンクに貯めておき、車両基地で抜き取る方式が採用されました。その後、在来線の車両トイレにも、タンク式が採用されていきました。

 列車トイレの改良は当初、「タンク式」「粉砕式」が考案されました。

 タンク式は糞尿をタンクに貯め、車両基地で抜き取ります。民家のトイレのくみ取り式と同じですが、洗浄水と合わせて大きなタンクが必要になります。東海道新幹線では、乗客の使用頻度から1100リットルのタンクを取り付けました。東京~新大阪間の1往復だけで抜き取り作業が必要だったそうです。

 一方の粉砕式は、消毒剤や消臭剤入りの洗浄水を使い、攪拌(かくはん)機で粉砕したのち、消臭した水分のみを少しずつ外へ排水します。タンク容量は小さくなりますが、糞尿以外の異物が混入すると攪拌機が故障します。民家もくみ取り式が多く、トイレでゴミを捨てる習慣があり、故障の原因になっていました。また、排出される処理水は、糞尿臭の代わりに消毒液の刺激臭が問題になりました。

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最終更新:5/16(土) 19:32
乗りものニュース

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