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「鉄人」大野均さんと一緒に戦った時間は僕の宝物

5/19(火) 8:00配信

日刊スポーツ

元ラグビー日本代表プロップで「バズ」の愛称でファン、選手から愛される浅原拓真(32=日野)が、親交の深い選手の近況を取材し、得意の絵とともにお届けするコラム「バズ画伯のナイショ話」5回目は、大野均(42)の引退に合わせた特別編。

【写真】引退を表明した大野均氏

東芝、サンウルブズ、日本代表でともに戦ってきた浅原が、「鉄人」への思いを絵と文章に込めました。

均(きん)さん、本当にお疲れさまでした。東芝時代は僕が3番、均さんが5番で長く一緒にプレーさせていただきました。ポジション的に、スクラムの時は、均さんが僕のまたの下から短パンを握るんですが、僕は均さんの手を一度つかんでから、バインドの位置を調整するのがルーティンでした。均さんのごつごつした手に触れることで、目の前のスクラム1本への覚悟を固めていました。

僕にとって、日本代表への思いを変えてくれたのも均さんでした。社会人1年目、均さんのロッカーには、日本代表で対戦した他国のジャージーが置かれていました。うらやましくて、「これ、ください」ってお願いしたら、「お前が代表に入って、ジャージーを取ってくるんだよ」と言われ、代表に入りたいと強く思ったことを覚えています。

プレーヤーとしての均さんは、お世辞にも器用ではありません。ですが、どんな試合でも、どんな時でも妥協せず、誰よりも痛いことをやり、誰よりも長くきついことをやれる。東芝では、尊敬の思いを込め「均さんは高校生の試合に入っても同じプレーしかできない」と言われていました。

東芝は、練習から時にけんかになるほど本気でぶつかる。でも、練習が終われば、あとは仲間。一緒に飲んで、一緒に笑う。そんな文化をつくってくれたのも均さんです。そして、均さんに憧れたマイケル(リーチ)が、日本代表にもそんなマインドを植え付けてくれたと僕は思っています。

一緒に戦った時間は僕の宝物です。均さんの背中を間近で見てきたから、今の自分があると思っています。本当にありがとうございました。感謝の思いを込め、僕が一番好きな均さんの姿を描いてみました。

◆浅原拓真(あさはら・たくま)1987年(昭62)9月7日、山梨県生まれ。甲府工、法大から10年に東芝入り。19年日野へ移籍。13年4月に日本代表デビュー。現在12キャップ。映画「トイストーリー」のキャラクター「バズ・ライトイヤー」に似ていることから、愛称はバズ。ポジションはプロップ。179センチ、113キロ。

最終更新:5/19(火) 12:25
日刊スポーツ

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