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ラッシャー木村さん没後10年、「こんばんは」で開眼した“金網デスマッチの鬼”…金曜8時のプロレスコラム

5/22(金) 8:00配信

スポーツ報知

 元IWA世界ヘビー級王者のラッシャー木村(本名・木村政雄)さん(享年68歳)が2010年5月24日に亡くなって10年になる。木村さんは大相撲から1964年にプロレス界入り。39年間で7団体を渡り歩き、“金網デスマッチの鬼”からユニークなマイクパフォーマンスまで、黒いロングタイツで強烈な個性を放ち続けた。

 初代三冠ヘビー級王者のジャンボ鶴田さん(享年49歳)が2000年5月13日に亡くなって没後20年となった今年は、命日に「永遠の最強王者 ジャンボ鶴田」(小佐野景浩著、ワニブックス、1800円+税)が出版されたが、木村さんの没後10年には何も予定されていない。せめてここで振り返って、故人をしのびたい。

 大相撲の幕下「木ノ村」から、力道山没後の日本プロレスに入団し、1965年4月にデビュー。国際プロレスのエースとして、1970年に日本初の金網デスマッチ(ドクター・デス戦)に出場し、“金網デスマッチの鬼”として、全日本プロレスのジャイアント馬場、新日本プロレスのアントニオ猪木と並び、三大エースの一角を担った。

 1981年に国際プロレス崩壊後は、新日本で「はぐれ国際軍団」、全日本で「国際血盟軍」として猪木、馬場の敵役となった。全日本では、馬場を「兄貴」と呼んで義兄弟のちぎりをかわすと「ファミリー軍団」として、マイクパフォーマンスで笑わせるキャラクターに変身。大熊元司、永源遥、渕正信らの「悪役商会」と抗争し、マイクでいじった。観戦に訪れた現役時代の巨人・原辰徳監督に「耐えろ、ハラ。燃えろ、タツノリ」とエールを送ったこともあった。

 元参院議員のアントニオ猪木氏(77)は今月に自身のツイッターで、「ラッシャー木村は強かったんじゃないかな。ただあんまり関節技とか知らなかった印象があるなぁ。力はやっぱり相撲出身だからすごかったよね」としのんでいる。

 木村さんが、新日本に乗り込んだ時の「こんばんは事件」は、有名だ。国際プロレス崩壊後の1981年9月23日、東京・田園コロシアム大会で、アニマル浜口と悪役として対決ムードをあおるはずが「こんばんは」と善人丸出しの第一声を発しファンの失笑を浴びた。

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最終更新:5/22(金) 15:32
スポーツ報知

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