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「自分が一番」だった少年の成長、チームで目指した日本一 滋賀レイクスターズ齋藤拓実

5/23(土) 17:50配信

4years.

連載「プロが語る4years.」から、男子プロバスケットボールのBリーグ「滋賀レイクスターズ」の齋藤拓実(24)です。明治大時代には“大学No.1ポイントガード”と呼ばれ、2018年春に卒業後はアルバルク東京へ進み、19-20シーズンは期限付き移籍した滋賀で戦いました。4回の連載の2回目は、桐光学園高校(神奈川)時代の仲間と日本一を目指した日々についてです。

チームメートを引き連れ、桐光学園へ

神奈川県川崎市にある桐光学園は、進学校でありながら部活動も盛んだ。過去の卒業生を見てみると、野球では松井裕樹(現・東北楽天ゴールデンイーグルス)、サッカーでは日本の背番号10を背負った中村俊輔(現・横浜FC)らを輩出している。さらには昨年、サッカー部はインターハイで初の日本一に輝いた。

1978年創部の男子バスケットボール部もまた、これまで全国大会出場15回を数える実力校だ。夏のインターハイは10回、冬のウインターカップは5回出場しており、過去の最高の成績は夏冬ともに全国ベスト8。12年のウインターカップベスト8は、齋藤が主力としてプレーした2年生のときに打ち立てた。

桐光学園に進んだ理由はいくつかある。一つは齋藤の兄も同校の卒業生だということ。「僕が小学校6年生のときに桐光学園の体育館でミニバスの大会があったんです。兄が高校1年生だったので、そのときから弟ということで高橋(正幸)先生(現・桐光学園コーチ)が僕のことを見てくれていたのを覚えています」

齋藤は続ける。「正直、実家と中学校(市立白鳥中)からも近かったっていうのもあります。でも、決め手としては『一緒に行こう』って言えた仲間がいたからです」。齋藤が誘った仲間というのは、中学2年生のときのジュニアオールスターでともに神奈川県代表としてプレーしたチームメートだ。「当時はジュニアオールスターの選手が桐光学園に入ることはなかなかなくて、入ったとしても一人だけとかでしたけど、僕の代は3人入りました」

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最終更新:5/23(土) 17:50
4years.

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