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「腕が体から落ちるまで」 私の心を揺さぶったヤクルト・バーネットの夢【竹下陽二コラム】

5/23(土) 10:43配信

中日スポーツ

 前回のコラム(5月16日)で私の前を通り過ぎていった外国人選手と題して、西武、オリックス、ソフトバンクで活躍したアレックス・カブレラを書いた。記者歴30年ちょっとだが、これまで、インタビューした外国人を数えたら70人から80人。行き当たりばったりの出たとこ勝負で、よくもまあ、やれたもんだと思いつつ、一方で「ホントはもっと、できたはずだ」との後悔も正直、ある。

 自分の怠け心に負けて、あるいは、突然、めんどくさくなって、あるいは、話しかける直前に臆病風に吹かれて、話しかけるのをやめたことが、何十回、いや、何百回とある。もし、あの時、あの人に勇気を振り絞って聞いていたら、とっておきのストーリーが聞けたかもしれない。振り返れば、幻のドラマが私を恨めしげに見ている気がする。先日、ザンゲの意味も込めて懇意にしている友人記者に話したところ「それでいいんです。話しかけるも、話しかけないも運命です。人生と同じ」と慰められた。

 取材も一期一会か。確かに、たった一度しか会ったことがないのに強烈な印象を与えた男がいる。たとえば、元ヤクルトのトニー・バーネット投手。彼と会ったのは、2011年の春。前年に来日したが、思うような成績が残せずにオフにあっさり解雇。しかし、ヤクルトが新外国人として契約を目指していた韓国の投手がメディカルチェックで不合格となり、バーネットが再雇用された。いわば、保険。当時、27歳。メジャー経験もない、まだ、何者でもないマイナーリーガーだった。

 試合のない日。雨の神宮球場。練習を終え、雨に打たれながら、びしょぬれで歩いているバーネットに、163センチの私は188センチのバーネットに「ちょっと、話を聞かせてください」と傘を差しだした。イケメンは「いいよ」とさわやかに笑った。ちょうど、相合い傘のような格好になり、私はぶしつけに「あなたの夢は?」と聞いた。すると、彼はこう答えた。

 「ボロボロになるまで投げることさ。この右腕が胴体からポロリと落ちるまで投げたい。ダイヤモンドバックスの3A時代の投手コーチ、メル・ストットルマイヤーJr.が『バッグの中にジャージー(ユニホーム)さえあれば、それは良い日なんだ』といつも言ってた。その言葉が好きでね。野球さえできれば、幸せなんだよ。野球ができれば、韓国だろうが、イタリアだろうが、地の果てまで行くよ。だから、夢はなんですか?と聞かれたら、野球で生活ができてるんだから、今まさに、夢のド真ん中だよ。夢なら覚めないでくれだよ!」

 名言のオンパレードだった。傘を持った右手がなぜか震えた。夢のド真ん中にいる男に「あなたの夢はなんですか?」と聞くなんて、私も愚かな質問したもんだ。「till my arm falls off my body(ボクの腕が胴体から落ちるまで)」と言った強烈な表現は今でも忘れられない。彼とは再び会うことはなかったが、その後、ヤクルトで2度のセーブ王に輝き、メジャー移籍も果たす、サクセスストーリーを築いていった。そして、36歳になった彼は、編成部のアドバイザーとしてヤクルトに帰ってきた。再会を果たしたら、聞いてみたいことがある。あの雨の日、交わした会話覚えてますか?と。

最終更新:5/23(土) 10:59
中日スポーツ

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