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「天草四郎の埋蔵金」を探せ スコップ片手に半世紀…調査に同行してみた

5/23(土) 16:14配信

西日本新聞

金属探知機携え、茂みかき分け

 厳しいキリシタン弾圧と領主の圧政に抗して、天草四郎を総大将に起きた一揆「島原の乱」(1637~38年)。熊本県・天草地方には「一揆軍が鎮圧される前、軍資金の一部を天草島内に隠した」という言い伝えがある。重さ6キロ近い黄金の十字架をはじめ、金銀製の燭台(しょくだい)20基、宝石をちりばめた王冠などがあるとされ、時価総額は数十億円という伝説だ。埋蔵金を半世紀近く探し続けている熊本市出身の作家八重野充弘さん(72)=東京都在住=が3月上旬、天草下島の苓北町で10年ぶりに行った調査に同行した。

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 天草埋蔵金伝説は、財宝研究の先駆者で作家の畠山清行氏(1906~91)の著書「日本の埋蔵金」に登場する。

 この本によると、一揆軍が原城(現在の長崎県南島原市)に籠城した際、軍資金の一部を天草下島に隠すことになり、小西行長の遺臣の1人が守り役となった。彼は島で軍資金を守っていたが、一揆の鎮圧後、「柱岳の麓の三角池」に隠して江戸に逃げたとされる。

 それから約190年後の1847(弘化4)年、江戸・日本橋の薬屋の蔵から遺臣の日記や地図が発見された。地図を頼りに多くの人が天草を訪れたが、肝心の三角池が見つからないまま時が流れた。

 1935年、老岳(現在の天草市有明町)の麓で、長さ5センチの十字架が見つかる。金メッキの下には「さんしゃる二 こんたろす五 くさぐさのでうすのたからしづめしづむる」という謎の言葉。「さんしゃる」は三角(さんかく)池を指すのでは-。伝説が信じられるようになった。

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 八重野さんは東京の出版社に勤務していた時に「日本の埋蔵金」を読み、宝探しの魅力に取りつかれた。畠山氏の手伝いもしながらこれまで全国約30カ所を巡り、徳川埋蔵金伝説などを追ってきた。

 当初、天草の埋蔵金伝説には否定的だったが、苓北町の友人から「町内で三角池が見つかった」と知らせを受け、好奇心から74~77年の3年間に7回も同町を調査。以降、たびたび現地を訪ねてきたという。

 今回の調査では、地下1・5メートルの金属にも反応するドイツ製探知機を持ち込み、準備は万端だ。

 八重野さんによると、宝を探す「トレジャーハンター」には三つの心得がある。

■その1「疑ってかかれ」

 伝説をうのみにせず、背景を調べることだ。

 島原の乱は単なる農民一揆ではなく、豊臣秀吉の家臣だった小西行長が関ケ原の合戦で敗れ、家臣たちが落ち延びた先で反乱を起こして江戸幕府を倒し、再興を図る意図があったと考えた。「だから、豊富な軍資金も持っていた」とみる。

■その2「現場では『ある』と信じて探す」

 現地はヒノキが生い茂って薄暗く、地元の人もほとんど知らないような場所。茂みをかき分けて進むと、長さ約100メートルの細長い池があった。冬場は水も枯れ、探索には絶好の条件だという。

 ぬかるみに足を取られるのを必死に耐え、探知機で探し回る。

 「ウィーン」

 突然、探知機が鳴った。

 泥をスコップで掘るが、なかなか進まない。泥水をくみ出しながらの大変な作業。30センチほど掘ったところで、コツコツと音がした。手で泥をかき上げる。

 そして、姿を現したのは…、空き缶だった。

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 ここで、最後の心得。

■その3「引き際が大事」

 宝探しはスコップで掘る肉体労働。冬は寒く、夏は暑い。体力や気力、知力も使う。「隠した昔の人との知恵比べだ」と八重野さん。今回、日没近くまで約3時間かけて探したが、宝は見つからなかった。

 あと5センチ掘れば、さらにあと5センチ…。諦めきれず、人生を棒に振った人たちも多いという。「わくわくしながら、楽しみながらやってこそ」と語る八重野さん。引き際を知り、次なる探索へと思いをはせる。まだ見ぬ財宝とロマンを求め、旅はこれからも続く。(金子寛昭)

十字架の文言 その意味は?

 天草市有明町の老岳の麓で見つかった十字架の文言は、本当に宝のありかを示すのだろうか。

 天草キリシタン研究会の浜崎献作会長(75)によると、キリシタンが祈りをささげるオラショの一部で、「さんしやる」はキリスト教の聖人の遺品「聖遺物」を指す。「こんたろす」はロザリオを意味するポルトガル語。現代語訳すると「聖遺物2個、ロザリオ5個 種々のデウスの宝をここに沈めた」という意味。「三角池」とは関係なく、財宝との関連は薄いとみる。

西日本新聞

最終更新:5/23(土) 16:14
西日本新聞

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