ここから本文です

社説[夏の甲子園も中止]部活集大成する大会を

5/23(土) 8:40配信

沖縄タイムス

 日本高野連は、8月10日から予定していた夏の甲子園と、その出場権を懸けた地方大会の中止を決めた。

 新型コロナウイルスの影響で春の甲子園に続いて中止となった。戦時下の中断を除けば、春夏連続中止は史上初めてだ。

 夏の地方大会は全国約3800校が参加見通しで3年生には部活動の集大成だった。

 日本高野連の中止判断は(1)開催期間が2週間以上に及ぶ(2)代表校が全都道府県から長時間かけて移動する(3)集団で宿泊して地元に帰ることなどを考慮すると、感染と拡散のリスクが避けられない-ことなどの理由からである。

 日本高野連にとっても「苦渋の決断」であり、中止決定はやむを得ないだろう。

 晴れの舞台を目指して厳しい練習を続けてきた高校球児の無念さと喪失感を思うと胸が締め付けられる。

 だが甲子園を目指し厳しい練習に打ち込んできたことはこれからの長い人生の糧となるのは間違いない。喜怒哀楽を共に分かち合ってきたチームメートとの絆も消えないはずである。

 中部商業で甲子園を目指し、2年連続パ・リーグ本塁打王に輝いた西武の山川穂高選手もエールを送っている。「きっと皆さんは『甲子園を目指すために必要な努力』は達成している。高校時代で成長できたことをもっともっと伸ばして夢を広げて」と。

 だが中には目標が消え、ぼうぜんとしている選手もいるに違いない。

 指導者らは、選手の小さな変化も見逃さず、心身のサポートに当たってほしい。

■ ■

 沖縄にとって甲子園は特別な存在だ。スポーツの枠を超え戦後の歩みと重ねてきた。

 県勢初の甲子園出場は米軍統治下の1958年。首里が初戦で敦賀(福井)に0-3で敗れた。選手たちが持ち帰った甲子園の土は植物防疫法にひっかかり、港で海に捨てざるを得なかった。

 主席公選、立法院議員選、那覇市長選の三大選挙が実施された復帰前の68年は、興南が県勢初のベスト4に進出。「興南旋風」を巻き起こし、県民を熱狂させた。

 夏の甲子園では90、91年に故栽弘義監督率いる沖縄水産が連続準優勝。2010年には興南が春夏連続優勝の快挙を成し遂げた。春の甲子園では1999、2008年に沖縄尚学が優勝した。今や沖縄は「強豪県」として全国に知れ渡るまでになった。それだけに中止は残念だ。

■ ■

 日本高野連は各都道府県の高野連が主催する独自の大会については「自主的な判断に任せる」との姿勢だ。

 県高野連は5月の臨時理事会で、県独自の大会開催について前向きに協議を始める。

 日本高野連は感染リスクのほか、(1)練習不足によるけがなどの増加が予想される(2)夏休み短縮の動きがある中で学業の支障になりかねない-などを中止の理由に挙げた。

 県高野連はこれらをクリアできるよう時期などを模索してほしい。実現すれば3年生にとっては総決算の大会になる。選手たちが困難を乗り越えるきっかけになるはずだ。

最終更新:5/23(土) 8:40
沖縄タイムス

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事