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鳥谷は血だらけで笑っていた「バットマン」舞台裏

5/24(日) 11:00配信

日刊スポーツ

<THE GAME(25)>17年5月24日 阪神VS.巨人

<阪神1-3巨人>◇2017年(平29)5月24日◇甲子園

【写真】17年5月、巨人戦でフェースガードをつけて代打出場した鳥谷

あの時、鳥谷敬は薄暗い通路で間違いなく笑った。左手で持ったタオルを血で真っ赤に染めながら、ニヤッと口元を緩めた。

0-0で迎えた5回1死三塁、左腕吉川光夫の144キロ直球を顔面に受けた。悲鳴が響き渡った後、甲子園は静寂に包まれた。金本知憲監督が血相を変えて一塁側ベンチを飛び出す。背番号1はうずくまったまま動けない。鼻から大量の血が流れ出す。数分後、なんとか立ち上がった鳥谷はタオルで出血を押さえながら、静かにベンチに退いた。

メディア各社の虎番が一斉に、ロッカールームへと続くベンチ裏通路に走る。5回終了後、「カツッカツッ」というスパイクの音がベンチから近づいてきた。緊張感が走る中、恐る恐る表情をうかがった。目が合った。鳥谷は口角を上げ、「シッシッ」と右手でジェスチャーした。オレをなめんなよと言わんばかりの不敵な笑み。これは明日も出るつもりだな-。「父親の意地」を感じ取り、記者はその場で確信した。

「最初から次の日も出るつもりだった。自分はどんな状況でも、どうやって出るかだけを考えて生活しているから」。鳥谷は後にそう振り返っている。鼻骨骨折にも、欠場という選択肢はなかったそうだ。

プロ野球歴代2位の連続試合出場はこの日で「1794」まで延びていた。ただ、記録にしがみついたわけではない。虎の生え抜きスターは前年の16年、極度の不振に陥った。不動だった遊撃の座を奪われたシーズン終了後、息子にレギュラー再奪取を誓っていた。

当時ラグビーチームに所属していた次男がある日、レギュラーを外された。練習態度が気になり注意すると、「パパだってもうレギュラーじゃないじゃん。パパも適当にやっているの?」と返された。「分かった。じゃあ、パパも頑張るから」。17年、三塁でスタメンの座を奪い返した矢先の顔面死球。覚悟を背中で示すタイミングでもあった。

翌25日巨人戦の6回2死。割れんばかりの拍手と絶叫を浴びながら、鳥谷は代打出場した。前夜急きょ特注したフェースガードで紫色に腫れ上がった鼻と頬をカバー。右腕桜井俊貴の150キロ近い直球に3度食らいつき、最後は当たり損ねの三ゴロに倒れた。

「後で見返したら勝手に体が逃げてしまって、右足を踏み込めていなかったけどね」。恐怖心を反省したのはこの1打席だけだった。鳥谷は26日以降も平然と打席に立ち続け、7月にはセ・リーグ最多得票で球宴出場、9月には通算2000安打を達成。V字回復で復活を遂げ、父親としての面目を保った。(所属など当時、敬称略)

【佐井陽介】

最終更新:5/24(日) 11:27
日刊スポーツ

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