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マイケル・サンデル: なぜ市場に市民生活を託すべきではないのか?

2015/5/28(木) 19:25配信

TED

Michael Sandel

翻訳

皆で共に 考え直すべき問題があります 私達の社会の中で お金と市場の役割は どうあるべきでしょうか


現在 お金で買えないものは ほとんどありません 仮にカリフォルニア州 ― サンタバーバラで 懲役刑を言い渡されたとします 普通の監房が 気に入らなければ お金を出して 部屋をアップグレードできることを 知っておくといいでしょう これは本当の話です いくら位だと思いますか? 500ドル? 高級ホテルじゃなくて 刑務所ですよ! 1泊で82ドルです 82ドルです もしテーマパークに行って 人気のアトラクションで 長い列に 並びたくなければ いい方法があります 多くのテーマパークでは 追加料金を払うと 列の先頭に行けるのです ファスト・トラックとか VIPチケットと言います


この仕組は テーマパークだけではありません 首都ワシントンでも 議会の重要な公聴会では 長蛇の列になることがあります でも並びたくない人もいます 徹夜になるかもしれないし ― 雨が降ることもありますから だからロビイストや 公聴会にぜひ参加したいけれど 並びたくない人向けに 業者がいるのです 行列代行会社です これを利用してはどうでしょう いくらか支払えば その会社がホームレスや 仕事が欲しい人達を雇って どれだけ時間がかかろうと 列に並ばせます そして公聴会が始まる直前に ロビイストが 列の先頭にいる その人達と入れ代って 会場の前列に陣取るのです 雇われて列に並ぶのです


市場の原理や考え方 解決法を 取り入れる分野が 広がりつつあります 戦争を例にとりましょう イラクやアフガニスタンでは アメリカ陸軍の兵士より 民間軍事会社の方が 多く展開していたことを ご存知ですか? 戦争を私企業に 外注するかどうかを 公に議論したわけでは ありません でも それが実態でした


過去30年以上に渡って 私達はいつの間にか 革命の中で生きてきました 気付かないうちに 市場経済が 市場社会へと 拡大してきたのです 両者には こんな違いがあります 市場経済は 生産活動を組織する 重要で有効なツールです 一方 市場社会とは ほぼすべてのものに 値段が付く社会です 市場社会とは 一種の生活様式で 市場的な考え方や価値が 生活のあらゆる側面を支配します 人間関係や家庭生活 健康や教育 ― 政治や法律や 市民生活を左右します


では なぜ私達は 市場社会になることに 不安を感じるのでしょうか? 2つ理由があると 私は思います 理由の1つは 不平等に関するものです お金で買えるものが 増えれば増えるほど ― 裕福か そうでないかが より重要になります お金で手に入るものが ヨットや優雅なバカンスや BMWに限られるなら 不平等も さほど大きな 問題にはなりません ところがお金で 手に入るものが次第に 豊かに暮らすために 不可欠なものにおよび ― 一定水準の健康保険や 最高レベルの教育 ― 政治的発言力や 選挙戦での影響力までもが お金に左右されるようになると 不平等は非常に 大きな問題になります すべてを自由市場化すれば 不平等が社会や 市民生活に与える痛みは ますます激しくなります これが不安な理由の1つ目です


不平等に関わる不安の他にも もう1つ理由があります それは ― 社会的なものや慣習には 市場的な考え方や 市場価値が導入されたとたんに 意味が変わってしまう ものがあって 大切にする価値のある 態度や規範が 失われるかも知れません


こんな例をあげましょう よく議論になる 市場原理の利用のひとつ ― インセンティブとしてのお金です 皆さんは どう考えるでしょうか 多くの学校では 子どもの意欲を高めることに 苦労しています とりわけ恵まれない環境で 育つ子ども達が 熱心に勉強し 学校にうまく適応することを 目指しています 一部の経済学者は 市場原理による解決を提案しています インセンティブとして 子どもにお金を与えるのです 成績やテストの得点が良かったとか 本を読んだことへの報酬です これは実際に試されています アメリカでは いくつかの実験が 主要な都市で実施されています ニューヨーク シカゴ ワシントンD.C.での実験では 成績がAなら50ドル ― Bなら35ドルを与えました テキサス州ダラスの プログラムでは 8才の子どもに 本を1冊読む度に2ドルを与えました


ここで考えてください インセンティブとして お金を与えて 成績向上を促すことには 賛成の人も反対の人もいます 皆さんはどう考えるでしょう 自分が大都市の 学校教育組織のトップで そんな提案が 持ち込まれたとします 相手は とある財団で 資金も出してくれます 自分達が支出する 必要はありません 試行に賛成の人と 反対の人は それぞれ どのくらいでしょう? 手を挙げてください


まず 試す価値があると 思う方は? 手を挙げてください


反対の方は どのくらいいますか?


反対する人の方が多いですが 賛成の方もかなりいますね では検討してみましょう 先に反対の立場の方 ― 試行も認めないという方に 聞きましょう 反対する理由は何でしょう? 誰から始めますか? どうぞ


Heike Moses: こんにちは ハイケといいます お金は動機の本質を 損なうと思います 子どもが本を読みたいと思うなら そんなインセンティブは 与えるべきでないと思います 子どもの行動を 変えてしまいますから Michael Sandel: インセンティブを 与えてはいけないということですね


では動機の本質とは何ですか? または どうあるべきでしょう?


HM: 動機の本質は 学びであるべきです


MS: 「学び」とは? HM: 世界を知るということです それにお金を与えるのを 止めたらどうなるでしょう? 読書も止めるのでは?


MS: なるほど では次に賛成する方 ― 試す価値があると思う方は?


Elizabeth Loftus: エリザベス・ロフタスです 試す価値と言う位ですから まず試してみて 実験をして いろいろ調べてみたらどうでしょう MS: 調べるというと 何を調べるんですか? MS: 調べるというと 何を調べるんですか? EL: 子どもが何冊読んでいて ― お金を与えるのを 止めても どの位 ― 読み続けるか です


MS: お金を止めた後もですね どう思いますか?


HM: 気にさわったらすみません でも率直に言って いかにもアメリカ的なやり方です


(笑)(拍手)


MS: この議論で 明らかになったのは こんな論点です 「お金というインセンティブのせいで より高い動機 ― つまり子どもに 伝えたい本質である ― 進んで学ぶことや 自分のための読書が 追い出され 腐敗し ― 失われるのではないか?」 効果については 意見が分かれるでしょうが 疑問として残るのは 市場原理や インセンティブとしてのお金が 間違ったメッセージを伝えるとしたら 教わった子ども達が その後どうなるかです


先程の実験の結果を お話ししましょう 成績に応じてお金を与える実験では 明確な結果は出なかったのですが ほとんどの場合 成績は向上しませんでした 1冊の読書に2ドル与えた実験では 子ども達がより多く 本を読むようになりました ただし薄い本を 選ぶようにもなりました


(笑)


でも本当に知りたいのは この子ども達が将来どうなるかです 読書は面倒な雑用で 報酬目当ての作業だと 考えるでしょうか? あるいは間違った理由が きっかけでも 結局は読書自体が 好きになるのでしょうか?


こんなに短い議論でも 多くの経済学者が 見過ごしがちなことが 明らかになります 経済学者は こう考えがちです 市場は 取り引きされるものに 影響を与えないし それを汚すこともない 市場で取り引きされる ものの意味や価値は 変化しないと 彼らは考えます 対象が物的財貨の場合は 確かにその通りでしょう 薄型テレビなら 私に売ろうが 私にプレゼントしようが 全く同じ商品です どちらにしろ機能は同じです でも物的財貨ではない場合や 社会的慣習 例えば ― 教育や学習や 市民生活での共同作業には 当てはまりません そういった分野では 市場原理や お金によるインセンティブが 市場に属さない 大切な価値や態度を傷つけ ― 排除するかも知れません 市場や商業が 商品の次元を越えて もの自体の性質や 社会的慣習の意味を 変え得ることを 教育や学習の例で見てきました それがわかったら 次に こう問うべきです 市場は どこに属すべきか ― なじまない領域は どこか ― 市場は どの領域で 大切な価値や態度を傷つけるのか ただし この議論を進めるには 私達が苦手とすることを しなければなりません 私達が重んじる社会的慣習の 価値と意味について 公の場で 共に検討することです そこで検討するのは 私達の身体や家庭生活 ― 人間関係や健康 ― 教育や学習 市民生活などです


どれも物議をかもす問題なので 誰もが避けがちな話題です 実際に過去30年間 ― 市場の論理や考え方が 勢いを増し 権威を持つようになり 一方で 公の議論は 骨抜きにされ より大きな道徳的意味を 失っていきました 私達は対立を恐れるあまり これらの問題を避けています でも市場がものの性質を 変えてしまうことを 理解した瞬間に ものの価値を評価するという より大きな問題を 皆で議論する ― 必要に迫られるのです


あらゆるものに 値段を付けたときに ― 深刻な害を被るのは 共通性 つまり ― 皆が一緒にいるという感覚です 広がる不平等を背景にして 生活のあらゆる側面を 自由市場化することで 裕福な人とそうでない人が 次第に離れて生活する 状況が生じます 次第に離れて生活する 状況が生じます 私達は別々の場所で 暮らし 働き ― 買い物をし 遊ぶのです 子ども達は別々の学校に通います


これは民主主義にとって 良くない状況です 満足できる生き方でもありません それはお金を払って 列の先頭に行くことができる ― 人々にとっても同様です なぜなら ― 民主主義には完全なる 平等は必要ありませんが 市民が共通の生活を 共に送る必要があるからです 大切なことは 様々な社会的背景を持つ 様々な階層の人々が 普段の暮らしの中で 顔を合せたり 知り合ったりすることです そうなれば私達は お互いの違いを乗り越え 受け入れられるようになります こうして皆に共通する善が 維持できるのです


だから結局は 市場の問題の中心にあるのは 経済の問題ではありません 本当は 私達が どう共に生きるかという問題です 私達はすべてに値段が付く 社会を望んでいるのでしょうか? それとも 市場では尊ばれない 道徳的で社会的な ― お金で買えないものが あるのでしょうか お金で買えないものが あるのでしょうか


ありがとうございました


(拍手)


この30年でアメリカは市場経済から市場社会へ移行したと、マイケル・サンデルは言います。アメリカ人が「共有する」市民生活は、どれだけお金を持っているかによって違うものになってしまったと言っていいでしょう。(主な例として、教育を受ける機会、司法と政治的影響力を利用する機会があります。)彼は、話と観客による議論を通して、真剣に考えるべき問題を提起します。現在の民主主義では、売りに出されるものがあまりにも多いのではないか、という問いです。 ( translated by Kazunori Akashi , reviewed by Ichiro Nishimura )

動画撮影日:2013/6/14(金) 0:00
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