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ジョン・ケーニック: とらえ難い心情を表す素敵な新語の数々

3/20(月) 9:41配信

TED

John Koenig

翻訳

今日は言葉の意味について 話したいと思います 我々が言葉をどう定義し 逆に言葉が我々を どう定義するのか


英語という言語は何でも吸収する スポンジのようです 私は英語が好きで 話せるのを嬉しく思いますが 英語にも沢山の穴があります ギリシャ語にはラケシズム(lachesism) という語があって 災害への希求という 意味があります 地平線に雷雲を見ると 嵐を応援したくなるような感覚です 中国語には玉衣(ユーイー) という言葉があって 私の発音は正確 じゃありませんが 子供の頃に感じていたような 新鮮で強烈な感覚を 望む気持ちを表します ポーランド語のジュスカ(jouska)は 頭の中で勝手に展開していく 架空の会話を意味します もちろんドイツ語もあります ジールシュマーツ(zielschmerz)という 欲しいものを手に入れることに対する 怖れを表す言葉があります


(笑)


ついに一生の夢が かなってしまうという― 私自身ドイツ人として この感覚はよく分かります


日常的にこういった言葉を そうそう使うか分かりませんが 言葉があること自体 嬉しく思います でも その言葉があるのも 私がでっち上げたからなんです


私は『言葉にならない悲哀辞典』の著者で この7年間 書き続けてきました このプロジェクトの目的は 感情を表す言葉の 隙間を見つけて それを埋めることです 私たちが感じることはあっても それを表す言葉がないため 話題にすることのない 様々な奇妙な性癖や 小さな過ちのようなものを 言い表すことが できるように


このプロジェクトのある時点で 私はソンダー(sonder) という言葉を定義しましたが それが表しているのは 私たちはみんな自分が主人公で 他の人たちをエキストラのように 見ていますが 現実には誰もが主人公で 自分もまた他人のストーリーの中では エキストラだということです 私がそれを公開するとすぐに 沢山の反応がありました 「ずっと感じてはいたけど 表せる言葉がなかった気持ちを 言葉に出来るようにしてくれて ありがとう」と その言葉が 人々の孤独を和らげたのです 人の孤独感を和らげるというのは 言葉の持つ力です


それからほどなく ネット上の会話で この言葉が 普通に使われているのを 目にするようになりました それからまた そばにいる人が 実際の会話の中で使っているのを 耳にもしました 自分のでっち上げた言葉が 独自の命を持ち始めるのを見るのは とても奇妙な感覚です それを表す言葉がありませんが ぜひ作りましょう


(笑)


考えているところです


言葉を本物にするのは何かと 考えるようになりました いろんな人から あまりによく聞かれるからです 「これって分からないんだけど 造語なんですよね?」 どう答えたらいいか 分かりませんでした 「ソンダー」が ひとたび広まったとき それが本物か偽物か 果たして自分に決められるのか? それでスティーブ・ジョブズが 語っていた洞察を 私自身感じました 多くの人は 壁にぶつかるのを避けようとし 周りに合わせながら 日々暮らしていますが でもこの世界は自分と 変わらない人間によって 成り立っているのだと ひとたび気付くと そういう壁に手を伸ばし 突き抜けることさえ出来る 自分に世界を変える力が あると気付くのです


「この言葉は本物なのか?」 と聞かれたとき いろんな答え方を 試してきました 筋の通るものも 通らないものもありますが その中の1つに 「言葉は本物であって欲しいと思えば 本物になる」というのがあります あの小道は 皆がそこにあって欲しいと 思ったから存在するように


(笑)


大学のキャンパスでは よく生じるもので 「願望の小道」と 呼ばれています


(笑)


でもそれから思ったのは みんなが「この言葉は本物なのか」と聞くとき 本当に聞いているのは 「この言葉はどれだけの人に通じるのか?」 ということだということです 私たちの言語に対する見方は 大部分がそうですから 言葉は 基本的に ある種の人々の頭へと 入るための鍵です 1つの頭にしか通じないなら その言葉を知る価値は あまりないでしょう 2つの頭なら それが誰の頭かによります 百万の頭なら 使えそうだとなります 本物の言葉というのは なるたけ多くの頭に通じる言葉だということです それでこそ 知る価値が出てきます


その意味で 本物の中の 本物の言葉はこれです


[OK]


これこそ 最も本物である言葉で 誰にでも通じる マスターキーのようなものです 世界のどこであれ 最も広く理解される言葉です 問題は この2文字が何を表しているのか 誰も知らないらしいことです


(笑)


変な話ですよね? 「オール・コレクト」の 綴り間違いだとか 「オールド・キンダーフック」の 略だとか諸説あって 本当のところは分からなくとも そんなことは実際問題でないという事実は 我々が言葉にどう意味を与えるのかについて 何かを物語っています 意味は 言葉自体に あるのではなく 意味に自分を注ぎ入れているのは 我々自身だということです


私たちはみんな 自分の人生の意味や 命の意味を探していますが 言葉はそのことに 関係していると思います 何かの意味を探すというとき 辞書というのは 良い出発点でしょう 混沌とした世界に 秩序の感覚を もたらしてくれます 私たちの ものの見方は とても限られていて パターンや 簡略表記を生み出すことで 世界を解釈する方法を見つけ 何とかやっていこうとします 私たちは自分自身を定義し 意味づけるために言葉を必要とします


私たちの多くは 言葉の使い方によって 閉じ込められているように 感じていると思います 言葉は作られたものだ ということを忘れてしまいます 私の言葉に限らず すべての言葉は作られたものです すべてに意味がある わけではありません 自分たちとは違う人には 必ずしも合わない自分の語彙に 私たちはみんな 捕らわれています そして言葉をより真に受けるにつれ 我々は年々離ればなれに なっていくのだと感じます


言葉は現実ではないからです 意味を持っているのは言葉ではなく 私たちなのです


最後に私の好きな思想家の ビル・ウォーターソンの言葉を 引用したいと思います 『カルビンとホッブス』の作者です 曰く 「自分の価値観に合い 自分の魂を満足させられる 人生というのは まれなものだ 自分の人生に 意味を生み出すのは 簡単なことではないが 可能なことであり その骨折りによって 人はより幸せになれる」


ありがとうございました


(拍手)


ジョン・ケーニックはとらえ難い感情を表現する言葉を見つけるのが好きです。災害を希求する気持ちの「ラケシズム」や、他の人々の人生もまた自分のと変わらず複雑で奥深いという気付きを意味する「ソンダー」のような。私たちが言葉にどう意味を割り当て、そういう意味が私たちをどう捕らえるものであるか、彼は思索しています。 ( translated by Yasushi Aoki , reviewed by Eriko T. )

動画撮影日:2016/2/6(土) 0:00
TED