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シャロン・テリー: 私の子供は科学的に解明されていない稀少疾患患者だった―私が研究すると決めるまでは

8/15(火) 9:37配信

TED

Sharon Terry

翻訳

子どもたちにとって 最高のクリスマスは 私と夫にとって 最悪のクリスマスでした エリザベスは7歳 その弟のイアンは5歳 クリスマスに欲しいものが何でも貰える理由を 想像することなんてできません サンタさんが太っ腹だったのは 夫と私が何かを知ったからだなんて 子どもたちは分かっていませんでしたが 私たちは恐ろしい事実を知ったばかりで 戦々恐々としていたのです


それは1994年でした 一連の事態は数年前から 進行していました 私は数年前からエリザベスの首の脇に 発疹があることを知ってました 見た目は あせも のようでした 時を同じくして 私の父と兄ががんで亡くなったので きっと病気に対して 心配性になっていたのでしょう 医師は「悪い所は無いので心配はいらない」と 胸を張っていましたが 私は確信できなかったのです 紹介状なしの自費診療でしたが エリザベスを皮膚科に連れて行きました きっとアレルギーなのだろうけど なぜ首の両側だけに発疹が出るのだろう?


そして 1994年の クリスマスの2日前 皮膚科医はエリザベスの首を ちょっと見ただけで 「弾力線維性仮性黄色腫ですね」と 言ったのです それから 灯りを消して 目を診察しました 偶然にも その皮膚科医は眼科としての 訓練も受けていたのです 幸運でした 吐き気がしました 黄色"腫"ですって? 腫ということは 悪性黒色腫に リンパ腫に... がんってことだ なぜ この医者は発疹なのに 目を診察しているの? 私は心の中で叫んでいました


ということで エリザベスは 弾力線維性仮性黄色腫でした 略してPXEです 恐怖混じりの質問が 胆汁のように噴出しました 「なぜ 目を診察してるの?」 「これについて何を知っているの?」 「どうして断定できるの?」 「予後はどうなの?」 修道女カウンセリングの研修をうけていても これには準備ができていませんでした


ベルコビッチ先生はPXEについて 知ってることをすべて話してくれました 「これは稀な遺伝子疾患です」 「全身疾患です」 「ゆっくり進行する早期老化症です」 「屈筋部分の皮膚に たるんだシワができます」 「加齢黄斑変性と同様に 視覚障がい者になります」 「心血管障害を引き起こします」 「まだ 知見は少なく その時点での報告によれば 30歳台で亡くなる人もいます」 それから皮膚医は息子の方を チラッと見てこう言いました 「この子もそうです」 かつての日常に引き返したい


クリスマスの2日後 ボストンのある大学から研究者が来て 原因遺伝子発見に焦点をあてた 研究プロジェクト用に 私たちと子どもたちの採血をしました 数日後 ニューヨークのあるメディカルセンターから 研究者が来て その人たちも採血したがりました 「この子たちは まだ 5歳と7歳なの 2度も針を刺さないでちょうだい」 「もう一人の研究者に血液を分けてもらって」 彼らは 信じがたいとでも言うように 「共有するですって?」 その瞬間 医学研究に 共有なんて無いと理解したのです


そう気付いた まさにその時 私と夫は一念発起しました 私たちは ある医学部の図書館にいき 見つかる限りの PXEに関する論文をコピーしました 全く理解できませんでしたが 医学辞書と科学の教科書を買い 入手できたものは全て読みました それでも まだ理解できませんでしたが 概略は分かりました そして1か月も経たないうちに PXEを解明するための系統的取り組みが されてこなかったことが ハッキリしたのです


そのうえ 私たちが経験したように 独占行為が横行していたのです 研究者たちは競争しあっていました そもそも 医学研究システムの成り立ちが 患者の苦痛を減らす目的ではなく 競争を褒章するものだったのです 私たちや似た境遇の患者たちのために 解決策を見出すために 私たち自身で この状況に 対処しなければならないと悟りました しかし 2つの巨大な壁が 立ちはだかっていました 1つ目は 私も夫も科学者としての背景がないことです 当時の夫は建設会社の管理職で 私は大学専属修道女を辞めて専業主婦でした 研究の世界を嵐に巻き込むなんて ありえそうもない経歴です 2つ目の壁は 研究者が共有しないことです 猫の群れを従えるなんて不可能だと みんなに言われましたが 餌をちらつかせれば できますとも


(笑)


(拍手)


DNAと臨床データは餌です 私たちは血液と家族歴を集め 研究者たちに こう要求しました 「この研究試料を使ってもいいが 結果を互いにも提供者にも共有すること」


インターネットが普及するよりずっと前に 私と夫は PXE Internationalを 創設しました PXEに関する研究を 企画し推進する非営利団体です 患者さん個人へのサポートも行います 従来のメディアを利用して 血液や生体組織や病歴や医療記録の 提供を呼びかけ 100-150名の患者のものを 世界中から集めました それらを全部1つにまとめました


研究材料を共有する方法だけでは 不十分だとすぐに気付き 本格的に科学実験をすることにしたのです 本格的な研究です ハーバード大学の 実験室スペースを借りました とても親切な近所の人が 週に2、3回 夜8時から深夜2時まで 子どものシッターに来てくれたので その間に夫と私はDNAを抽出し 電気泳動をして 病因遺伝子を探しました 親切なあるポスドクが 実験指導をしてくれました 私たちは数年の内に 病因遺伝子を発見しました 誰でも自由に使えるよう 特許を取得しました 私たちは診断キットも作成しました 一緒に研究コンソーシアムも開催しました 研究会も開催して 中核的な研究拠点も設置しました 4000人以上のPXE患者を 世界中で見つけ出して 患者会を開催し 治験や医学研究を行ないました


その間 ずっと 恐怖と共に生きていました 常に病気への恐怖が 身近にありました 研究者への恐怖もです 研究者のために作られた世界で 経歴を重ね地位を固めた人たちです 間違った選択を しているかもしれないという恐怖 否定派の方が正しく 猫が新しい餌を見つけるだけだろうという 恐怖もありました しかし 子どもたちや 出会った人たちのために 状況を改善したいという意欲のほうが その全ての恐怖に勝っていたのです すぐに この1種類の病気のための活動は 全種類の病気にも 行なうべきだと気付いたので


Genetic Alliance に加入し 後にリーダーとなりました 医療提言と患者支援と 研究と医療機関を つないでいく ネットワークです バイオバンク、登録システム 支援案内など 全疾患のための 大規模化可能で拡張性のある仕組みを 作りあげました それらの疾患と病気のコミュニティについて 広く知った時 私に大きな影響を与えている 2つの医療の秘密に 気が付いたのです 1つ目は 私の子どもたちや 共に活動している人たちにとって ありふれた病状であろうが 稀な病状であろうが 出来合いの答えは無いということです 2つ目に その答えは私たち全員が 持っているということです データや生体サンプルや 究極的には私たち自身を 提供するのです


これを変えようと個人で 活動している人たちがいます 市民科学者が 活動家が 技術者が クラウドソーシングを使って 手作りの科学を行ない この仕組みを変えました オバマ大統領と バイデン副大統領でさえ 国民が手を取り合って 研究すべきだという考えを 推奨しているのです これが この組織を作った理由です 医学手技や治療法を 見つけ出し発展させるのは もちろん大変でした 科学としては高度であり 法的規制にも手こずります 大いに興味を持ってくれる 利害関係者は沢山いるのですが 論文発表や 昇進や 終身職獲得など 動機づけは一枚岩ではありません そういう目標を持つ科学者を 非難したくはありませんが 私は科学者と私たち自身に対して 違う方法を選ぼうと訴えます 患者が中心だと気付かせるためです


Genetic Allianceは この強固なシステムを 変えようとしてきました 目標は職種を越えた活動です これは抽象的に聞こえますが 私たちにとっては現実的です 各研究所がデータを 共有しないことに不満があった時は データは患者のエネルギーや 時間や血液や 時には涙から得たものですからね― 中断させて尋ねる必要があります 「実際には共有できるのに そうしないのは何故ですか?」 私たちも そのシステムの一部です どうすればアイデアを 自由に共有できるかしら? そうすればお互いにリスクを負って 仲良くなれるかしら?


このことが「私たちと彼ら」という 対立関係を緩和しました 組織としてだけでなく 個人としてもです 私が組織にも個人にも これを標準にする努力をしてほしいと 要求したら 私も自身の存在と生き方を 探る必要があります 医師たちにも研究者たちにも 管理部門にも リスクを負うように頼むときには 私も同様にリスクを負わなければなりません 私は自分の個人的な恐怖と 向き合う必要があります 十分な影響を与えられないという恐怖 うまく先導できないという恐怖 力不足なのではないかという恐怖


子どもたちは10歳を過ぎてすぐ その流れを断ち切ってくれました 「変化を起こすことや 影響を与えることを 心配するのはもうやめて その代わりに私たちみたいに 病気と戦うんじゃなくて 病気と共に生きることを学んで」 私が自問すべきは 自分の恐怖が一体 どこから来るかということです この子どもたちの発言が 恐怖を明るく照らしました それは深い愛の底から 湧き上がってきたものです 私はエリザベスとイアンを愛しています PXEを持つ人たちも愛しています どんな病気を持つ人たちも愛しています 私は人間が好きなのです ある同僚が発見したのは これは死への恐れではなく 愛することの途方もない大きさです この広々とした愛は 損失に直面した時 私を大きな苦悩に曝します


私にとっての恐怖がはっきりした時 私にも周囲のみんなも 無限の愛があることを 知りました それから この恐怖に足を踏み入れると 沢山の新たなことを学び 回復と健康の中心にあるものと同時に 実用的な解決策などを 見つけられることに気がついたのです


今は以前のように「恐怖」を怖がりません 最近では活動の仲間からの 多大な援助のおかげで 恐怖を以前のように警告として 受け止めることがなくなりました それは前に進むことへの 招待状だったのです そこには愛があり より大きな愛へと続いていたのですから その恐怖にそっと目を向けると 自分自身にも他の人にも 巨大な富があることを見つけ できると思わなかった挑戦に 足を踏み込む力を見つけます


子どもたちはその道を 私より先に進んでいます 子どもたちは29歳と27歳になり 皮膚と目と動脈には PXEの症状があるけれども 幸せで健康だと ハッキリ言いました ですから 私は皆さんと私たちを 恐怖に向けてご招待します 私たちに恐怖を抱かせるものを受け入れて その中心に愛があることに気づいてください 自分のことを取り戻せるだけではなく 恐怖を与える物や 私たちを恐れる物の立場を知るのです 恐怖を与える物や 私たちを恐れる物の立場を知るのです その恐怖に耳を傾け 私たちに反対するシステムや人々に 自分たちが弱者であることを曝せば 挑戦者としての私たちのパワーは 急激に増加します 内面へ働きかけることは 外側にも働きかけることであり 外の活動は内の活動だと 気が付く時 真実であるものに到達し それを成し遂げられます


(笑)


共に達成できるものは無限です


ありがとうございました


(拍手)


大学専属の修道女を辞めて専業主婦をしていたシャロン・テリーは、2人の幼い子どもたちが「弾力線維性仮性黄色腫(PXE)」という稀少疾患だと診断されたことがきっかけで、医学研究の世界に大きな旋風をもたらしました。この圧倒される講演の中で、テリーは夫と共に市民研究者となり、研究所で深夜まで研究してPXEの原因遺伝子を発見するとともに、研究者たちに生体サンプルを共有し協力し合う義務を確立したいきさつを語ります。 ( translated by Tamami Inoue , reviewed by Masaki Yanagishita )

動画撮影日:2016/11/30(水) 0:00
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