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ラオル・センバンジョ: 「オリ」の聖なるアート

12/7(木) 9:58配信

TED

Laolu Senbanjo

翻訳

(ヨルバ語)自由の身に生まれた 真のオグボグボ族として 我らの富と資源は ヨーロッパが かつて持ったすべてのものを超え 祭壇には金が溢れる


(英語)この聖歌はオリキと言います ナイジェリアで過ごした子供の頃 お祖母さんが歌ってくれました オリキはヨルバ民族称賛の唄ですが この唄で特に讃えているのが 西洋社会にはない宝のことです


「ママ」―僕はお祖母さんを そう呼んでますが―が ヨルバ神話をたくさん語ってくれました ヨルバ人はナイジェリアの 西南の地域からきた民族で 僕はいつもこれらの話に魅惑され いつも興味をそそられました 又 ヨルバ文化は子供の頃から 僕のアートに影響を与えていました アフリカ美術はニューヨーク ハーレムの マーケットで買うものだけではありません アーティストそれぞれに名前があり それぞれ物語があります 僕の物語はこうです


「ママ」の腕や足には刺青がありました 子供心には 生まれた時から あるものだと思っており 綺麗な黒の線や細かいシンボルが 刻まれていました すると ある日「ママ」が 実はヨルバ神話に由来する シンボルだと教えてくれました このことが 今のアーティストの自分に どのように影響するか分かりませんでした 子供の僕には あらゆるところに アートが見えました イロリン市のスタジアム・ロードで 住んでいた家を覚えています 大理石の床でしたが その大理石をみると 僕には いろんな模様やデザインが見え みんなにも同じように見えるものだと 思っていました そこで 僕の弟を呼び 「イケオル 大理石のデザインを見てご覧 この模様 このマスク」と言うと 彼は「ラオル 僕には何も見えないよ」 と答えました そこで僕はインクを使い 床に見えるものをなぞりました それが母に見つかると すごく怒られました


(笑)


それでも僕はへこたれませんでした インクの代わりにチョークにしました 先生や両親によく怒られたのでね 母にこう言われたのを覚えてます 「ラオル 私たちはキリスト教徒よ 他の人と同じようなもの描いて見たら? 風景や椅子や家具とか イエス様とか」


チャンスさえあれば 家中に絵を描くこともできたけど 将来アーティストになる選択は ないことも分かっていました そこで両親が望むような人間になると決め ロースクールに入学しました もちろん―これが父ですが― この日はとても誇らしげでした そしてこれはロースクール在学中の 僕のノートです


(笑)


もちろん授業はよく欠席しましたし 授業に行かない言い訳を考えました


ところが人権委員会で 人権弁護士として働き初めても 心はここにあらずでした 僕は厳しい現実に遭遇していました 仕事を通じて接した子供達は 学業を優先するか 結婚を承諾するかの選択を 迫られていました 僕の周りのたくさんの不公正に 焦燥を感じ アートが唯一の逃げ道となり そのことがきっかけで 絵を描くようになりました


この作品は『Dreamscape (夢の逃亡)』 と言います 作品にズームインして見ると 女の子の姿と 偶然の出生が描かれ 私たちの将来が出生地により 支配されることを語ってます 次にお見せするこの絵は 男性同士が手を握ってます 女性同士も手を握ってます 実はナイジェリアでは 同性の関係は犯罪とされてます 14年の刑罰となります


僕のアートで物語を語りたいのです アートを通して 対話を始めたいのです ここにアフリカの地図が見えます 疑問が描かれていたり 泣く姿があったり ここでは アフリカに注射器が 刺さっていて 天然資源が 抜き取られています そこで僕は自問します どこに流れて行くのだろう? 誰の利益になるのだろう? ご覧のように僕のアートに 模様 マスク 物語を織り込むことや 僕の線の描きかたは ヨルバ文化に由来します


そこで2013年に 人生の賭けをしました 仕事を辞めてアートに専念するために ニューヨーク市に引越しました もちろん両親が思ったことは 「一時的なことさ すぐに戻ってくるさ」でした ところがニューヨークのアーティストの 生活は容易ではありません 僕は一文無しで 金もなく 画商の代理人もなく どこにも所属していなかったので どの画廊も扱ってくれませんでした 僕はなんとか生活しなくては ダメだと考えました そこで生活費を稼ぐために洋服に 描き始めました 靴にも描き 注文に応じていろんな物に 描くことを始めました そしてここに力があると気づきました 誰もがみな自分の物語を 誇らしげに身につけるのです そこであらゆる物に描き始めました ギターに描きました 壁画も描きました 手が触れようとするものならなんでも 全てのものが僕のキャンバスに なりました


ある日 Instagramの写真を 眺めていると ある写真が目につきました レインでした 僕の作品の前に立って写真を撮ったのです その写真を見た瞬間 何かが起きました 僕のアートが 彼女の体に入り 彼女から出てくるのがはっきり見えたのです その体験をきっかけに 人間の体に描くようになりました 子供の頃には アートが 大理石の床の上に見え 壁にも浮き出たのと同じように 人々の顔や体にも 見えるようになりました 祖母のことを思い出すと 僕のほとんどの創造的直観の原点は 要するに 幼少期の思い出と 祖母の肌に描かれたアートだったと 気づきました


僕の絵を描いた人々を見て 考えて見たのが 私たちみんなが ヨルバ神話の男神や女神のような姿で 歩き回る光景は どんなだろうか? それがきっかけで「ドカーン」と オリの聖なるアートが誕生しました オリはヨルバの神話ですが おのれの魂 本質 直感を表しています おのれのオリを追求する時だけに 山を動かす力が生まれるのに気付きました 人間の体に絵を描く行為は 何か直感的な 動作するアートのような 或いは 三次元体験のような そんな感覚です


そこである日 ブルックリンでいつもの仕事をしていると こんなメールが届きました 「こんにちは あなた作品の大ファンなの 私のミュージックビデオの作品に 絵を描いてくれる?」 ビヨンセの署名です ビヨンセから僕へのメールみたい 僕の反応は「何だこれは?」


(笑)


エー どうやって僕の存在を 知ったのだろう? これは本当のことではなく 絶対に何かのイタズラだ ナイジェリア人のメールはダメですから


(笑)


(拍手)


ところが信じがたいことに 本当のことで 事実でした そこからは瞬く間にことが進みました ビヨンセはニューオーリンズに 敬意を表したくて 僕のアートが 彼女のクレオールの原点を 思い出させたたそうです 彼女の歌『レモネード』が リリースされると もちろん 「ドカーン」と あっという間に最高速です 僕は多くの雑誌に取り上げられ インタビューを受け 街中でも呼び止められ 名前も知られようになりました 時には全てを受けいれるのに 一歩引き下がり 頭を冷やす 必要もありました アーティストとして僕らは 一生かけて アートを認めてもう努力をするので 僕は幸運だと思ってます ところが弁護士の部分の僕も まだ健在なので 僕はアートを使い 信念のために戦います ヨルバから受け継いだ遺産は 僕の中に常にあります


こんばんは僕の生きたアートを みなさんに見てもらいます どうぞ一緒に迎えてください


(音楽)


(拍手)


紹介するのはジェリとレインです この二人は僕が生まれて初めて 絵を描いた人で 昨日は一日かけて 彼女達に絵を描いてました こんばんは 彼女達が 僕の希望と恐れを象徴しています 僕の恐れは背中に描きました 希望は前です 僕の希望とは? こんなことを知ってください アフリカがただ広く 名もないような どこも同じの 大陸ではありません これも知ってください ナイジェリアには350以上の 民族と言語があり 僕はその中のある一民族の 一人のアーティストです


(拍手)


これも知ってください 大陸においても ここでも アフリカ美術の認識を変えたいと 思っています これも知ってください アフリカ美術とは ニューヨークのハーレムの マーケットで買うだけのものではなく アートそれぞれに物語があり アーティストひとりひとりに 名前があります


ありがとうございました


(拍手)


どのアーティストにも名前があり、語りたい物語があります。ラオル・センバンジョが語りたい物語は、ヨルバ民族の文化と神話に囲まれて育ったナイジェリアに始まり、ニューヨークのロースクールを経て、いつの日かビヨンセのミュージックビデオ『レモネード』の制作へと展開しました。「オリの聖なるアート」と彼が呼び、人間の肌をキャンバスにして描くことにより、アーティストとミューズのマインド、ボディー、魂を繫ぐアートを紹介します。 ( translated by Chiyoko Tada , reviewed by Masaki Yanagishita )

動画撮影日:4/24(月) 0:00
TED