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エリフ・シャファク: 多様な考え方が持つ革命的な力

2/12(月) 10:46配信

TED

Elif Shafak

翻訳

「言葉を味わうことができますか?」


私はこの質問に驚きました この夏 私は ある文化・芸術祭で講演をしていました 講演の後 本にサインをしていました すると 10代の少女が友人とやってきて 尋ねたのがさきほどの質問でした 私は異なる種類の感覚が重なる人たちがいて 色を聴いたり音を見たりできること 私を含め多くの作家たちが この事柄に興味を持っていることを伝えました しかし彼女は少し性急な様子で こう言いました 「それは共感覚と呼ばれることを 学校で習いました 私の母はあなたの本を読んでいます 母は本の中で 食べ物や食材 長い夕食のシーンが たくさん出て来ると言います 1ページごとにお腹が空くそうです そこで 私は考えました あなたは書きながら お腹が空かないのか? あなたはもしかして 言葉を味わえるのではないか? 意味が通じます?」


この質問は実に的を射ていました なぜなら 私は子供のときから アルファベットのそれぞれの文字には 色がついていて その色は味を私にもたらします 例えば 紫色はとてもピリッとして 香水でも付けたようです そして 紫を連想させるどの単語も 同じような味がします 例えば「夕日」は とてもスパイシーな単語です しかし 私はこれらのことを この少女に話すことをためらいました あまりに抽象的かもしれないし 奇妙だと思うかもしれません 十分な時間もなかったのです 行列に並ぶ人たちがいたからです 突然 こんな風に感じました 私が伝えようとしていることは 複雑で細部にわたりすぎていて この状況の中では 説明することは無理なんだ と そして こうした状況で 私がよくしてしまうことをしました 口ごもり 中断し 話すことをやめてしまいました 私は真実が複雑すぎたから 話すことをやめたのです 心の奥ではわかっていたのに 人は複雑であることに恐怖して 決して沈黙してはならない ということを


そこで今日の講演を このとき話せなかった 答えの話で始めたいと思います そうです 私は言葉から味を感じます いつもというわけではありません 幸せな言葉は悲しい言葉とは 違った味がします 色々な単語の味を試すのが好きです 「創造性」という単語の味はどんなでしょう 「平等」の味は? 「愛」は?「革命」は?


そして 「母国」という単語は? ここ最近 この最後の単語が 特に私を悩ませています それは甘い味を私の舌に残します シナモンやバラ水の一滴 ベルノキの実のようです しかし その下には鋭い苦味があります イラクサやたんぽぽのようです 私の母国 トルコの味は 甘さと苦さが混ざりあったものです


このような話をしている理由は 現在 世界中で 自分の出身国について 私と同じように 複雑な感情を抱く人が どんどん増えているからです 私達は自分の国が好きです そうですよね? どうして嫌うことができましょう 自国の人々 文化 土地 食べ物に 親近感を感じます しかし 同時に 少しずつ自国の政治と政治家たちに 不満が募っていることを感じ ときには絶望し 傷つき 怒りがこみ上げてくる


感情について そして感情的知性を 高めることが必要であることを話したいのです 残念なことに 政治理論の主流は 感情にほとんど注意を払いません 分析家や専門家はしばしば データや指標を見るのに忙しく 人生の中にある 計測が難しかったり 統計モデルでは クラスタリングするのが難しい事柄を 忘れがちです 私はこれは間違いだと思います 理由は2つあります まず私達は感情的な存在です 人類という存在は 全員そのような存在だと思います 2つ目の理由は新しいものです 私達は世界史の中で 新しい段階に入っています 集団的感情が政治を先導し ときに誤った方向に導く時代です かつてないほどの影響力です ソーシャルメディア ソーシャルネットワーキングを通じて これらの感情はますます増幅され 分極化し 世界中を あっという間に駆け抜けます 私たちの時代は 不安 怒り 不信感 恨み 大きな恐怖の時代です ここが大事なところですが 経済的要因に関する研究は たくさんあるにも関わらず 感情的要因に関する研究は 比較的に少ないのです


なぜ我々は感情や認知を 過小評価しているのでしょうか? このことは私達にとって最も大きな 知的挑戦の一つになるでしょう なぜなら私達の政治システムは 感情に満ち満ちているからです あちこちの国において 偏狭な政治家たちがこれらの感情を 食い物にしている様子が見られます アカデミアでも あるいは知識人の間でさえも まだ感情を真剣に扱っていません 扱うべきでしょう 世界的な経済的不公平に 注目する場合と同じように 世界的な感情や認知における格差 そして どのようにこの格差を埋めるかに もっと注目すべきです 重要なことだからです


数年前 まだ私が イスタンブールに住んでいた頃 中東の女性作家を研究する アメリカの学者が 私に会いにきました 会話の中で 彼女はこう言いました 「あなたがフェミニストである理由は トルコに住んでいるからでしょ」 私はこう返しました 「あなたがフェミニストでない 理由が分かりません アメリカに住んでいるのに」


(笑)


(拍手) 彼女は笑いました ジョークだと思ったのです そして その時は過ぎたのです


(笑)


しかし 世界を架空の 対立する二つの集団に分ける 彼女の見方は 私を困惑させ 気にかかりました 彼女の頭の中の地図では 世界のある地域は 液体的な国となります これらの国はまだ静まっておらず 揺れる波のようです 他のある地域は― 西洋のことですが 固体的で 安全で安定しています ですから 液体的な土地には フェミニズムや 活動主義や人権が必要です そして不幸にも液体的な土地の 出身者である私たちは これらの最も不可欠な価値のために 闘い続けなければならないのです 希望はあります 歴史は前に進むのですから 最も不安定な土地でさえ いつかは追いつくはずです 同時に固体的な土地の人々も 歴史の進捗と自由主義秩序の勝利に 慰めを見いだせます 彼らは他の土地にいる他の人々の 闘いを支援できますが 彼ら自身は民主主義の基礎のために 闘う必要はないのです もうその段階を越えているからです


2016年において このような階層的な地域分けは 粉みじんになっていると思います 私たちの世界は先程の学者の言う 二元論の様式に従っていません かつては従っていたかもしれませんが いまや私達は歴史が必ずしも 前に進まないことを知っています ときに歴史は円を描きます 後滑りすることさえあります 曽祖父の代が犯した過ちを 何代にも渡って繰り返す可能性もあるのです 私達は今や固体的な国と液体的な国との 対立は存在しないことを知っています 事実 私たちは皆 液体的な時代を生きているのです 故ジグムント・バウマンが 教えてくれたとおりです バウマンは私たちの時代に もう一つの定義を与えています 私たちは移動する砂の上を 歩いているようなものだと言っています


もしそれが本当だとしたら このことは男性よりも 女性に より重要なことです なぜなら 社会が権威主義やナショナリズム 狂信的な宗教に後戻りした時 女性は失うものを より多く持っているからです したがって 今はとても重要な時なのです 世界的な活動主義にとってだけでなく 私の意見では 女性団結にとっても 重要なときなのです


(拍手)


さらに先に進む前に 少し告白しておきたいと思います 最近までは 国際会議や 国際フェスティバルに参加したとき 私が最も元気のない 講演者であることが普通でした


(笑)


トルコにおける 民主主義の夢や 共存の夢が 時にゆっくりと 時に驚くべきスピードで 潰えるのを見てきたせいで 私は 年を追うごとに 意気消沈していきました そして これらのフェスティバルでは 他にも悲観的な作家たちがいました 彼らはエジプト ナイジェリア パキスタン バングラディシュ フィリピン 中国 ベネズエラ ロシア から来た作家たちです 私たちはお互いに 共感しほほえみ合いました 絶望的運命の仲間意識です


(笑)


私たちをWADWICと呼んでください Worried and Depressed Writers International Club (不安で憂鬱な作家の国際クラブ)です


(笑)


しかし 変化が訪れました 突然 私たちのクラブに 人気が出てきたのです 新しいメンバーが入るようになりました たしか


(笑)


たしか ギリシャの作家たちと 詩人たちが最初にやってきたと思います その後 ハンガリー それから ポーランドの作家たちが来ました そして 興味深いですが オーストリア オランダ フランスの作家たちが そして 私が住み 故国と呼ぶイギリスから そして最後に アメリカの作家たちが来ました 急に 自分たちの国の運命や 世界の未来について 心配する人々が 増えてきたのです いま 自分の母国にいるのに 異国人になった気がする人が 多くなったのかもしれません


それでこんな異様なことが起きたのです かつて長い間 とても意気消沈していた 私たちは少し元気になり始めました 一方の新しいメンバーたちは このような気持ちに慣れておらず さらに元気を 失くしてしまいました


(笑)


バングラデシュや トルコやエジプトの作家たちが EUから脱退したイギリスの作家や 大統領選後のアメリカの作家を 慰めようとするところが 見られたのです


(笑)


冗談はおくとして 世界はこれまでにない難題に 直面していると思います そして この難題に対する 心理的抵抗があります 多くの人は 変化の速度があまりに速いと ペースを落としたいと思うものですし 慣れないことが多すぎると 馴染みのあるものを求めるものです そしてものごとがあまりに混乱してくると 人々は単純さを切望します これは大変危険な岐路です なぜなら ここにこそ 大衆扇動家が現れるからです


扇動家は集合的感情が どのように働くかを知っており 自分 ― たいてい男性です ― が どうすれば利益を得られるか理解しています 彼は私たちが全員 自分の部族であることを訴えます そして 同じ部族の人たちに 囲まれていることが安全であると訴えます 扇動家といっても千差万別です ヨーロッパのどこかにある 小さな政党の 変わり者のリーダーかもしれないし 教義と憎しみを説く イスラム過激派の指導者や どこかで白人至上主義的な ナチス崇拝の演説をする人かもしれません 一見 こういった人々に つながりはありません しかし私には 彼らがお互いを煽り立て 必要とし合っているように 思えるのです


世界中で 扇動家たちが語り 人々を煽っているのを見ると 一つの明白な性質が 共通しているように思います 彼らは複数の選択肢を 強く強く嫌います 彼らは多様性を扱えないのです アドルノはこう言っています 「曖昧さに対する不寛容は 権威主義的な人格の印である」と 私は自問しました もし これと同じ「印」― 曖昧さに対する不寛容が 私たちの時代の 特徴だったとしたらどうだろう? なぜなら どこを見ても ニュアンスが失われてきています テレビ番組では なになに反対派の出演者が なになに肯定派の出演者と 向かい合っています はい 視聴率がとれますね 彼らが叫び合ったりすれば なお良いでしょう 知性が養われるべきアカデミアの中ですら 無神論の学者が 強く有神論を唱える学者と 争っているのを見ます しかしそれは本当の知的な やりとりではありません なぜなら それは 二つの確実なものの衝突でしかないからです


二項対立があらゆる場所に 現れていると思います そのため ゆっくりとそして組織的に 私たちは複雑な存在でいる権利を 否定されているのです イスタンブール ベルリン ニース パリ ブリュッセル ― ダッカ バグダッド バルセロナ 私たちは次々に起きる恐ろしい テロ攻撃を目の当たりにしています そしてあなたが悲しみを表現するとき この残酷さに反対の声を上げるとき あらゆる反応とメッセージを ソーシャルメディア上で受け取ります ただ メッセージの中には 広まりすぎていて 気がかりなものがあります 彼らは言います 「なぜテロ被害者(だけ)を悼むのですか?」 「なぜテロ被害者(だけ)を悼んで (内戦中の)イエメンの民間人は 気にかけないのですか? (内戦中の)シリアの民間人は?」


こういう書き込みをする人たちが 理解していないことは 私たちは テロや暴力が 中東で起きようと ヨーロッパやアジア アメリカで起きようと それがどこであれ 等しく同時に犠牲者を悼み 彼らと団結できるということです 一つの痛み 一つの場所を選び取る 必要などないことを 彼らは理解していないようです しかしこれこそが 部族主義が行うことです これは精神を確実に萎縮させます そして心も萎縮させます 結果として 私たちは 他人の苦しみに対して無感覚になります


悲しいことに 私たちはもとから 無感覚であった訳ではないのです 私は子供向けの本を トルコで出版しました 本が出版されたとき たくさんのイベントを開催しました 多くの小学校を訪れました トルコの幼い子どもたちを 観察することができました 子どもたちの共感力 想像力 そして大胆さに 常に驚かされていました この年の子どもたちは 国家主義者であるよりもずっと 地球市民になる傾向があります とてもたくさんの子供達が 詩人や作家になりたいと言うことは 素晴らしいものです 少女たちは自信に満ちています 少なくとも少年と同じくらいに


しかし高校を訪ねると 全てが変わってしまいます もう誰も作家になりたい人はいません 小説家になりたい人はいません 少女たちは臆病になり 慎重で用心深く 公の場で声を上げることに 消極的になっています 私たちがそう教えるからです 家族 学校 社会が 彼女たちに個性を消すように 教えているのです


東洋でも西洋でも 多様性を失いつつあるように思います 社会の中で そして個人の内面においてもです トルコ出身の私は 多様性が失わることが とても大きな損失であることを よく知っています 現在 私の母国は 世界で最もたくさんのジャーナリストを 拘留しています 中国の悲しい記録すら 上回っています トルコで起こっていることはどこでも 起こり得ると考えています このアメリカでさえ起き得るでしょう 固体的な国が幻想であったのと同じく 単一の帰属意識も幻想です なぜなら私たちは 多様な声を内側に持っています イラン あるいはペルシャの詩人 ハーフェズによれば 「あなたは 存在を喜びに変える あらゆる必要な要素を 魂に持っています これらの要素を 混ぜ合わせるだけで良いのです」


私たちはこれができると思います 私はイスタンブールの人間です しかしまた バルカン半島 エーゲ海 地中海 中東 レバント地方にも 愛着を抱いています 私は生まれ 自分の選択 価値観において ヨーロッパ人です ロンドン市民になって長くなります 私は自分自身を グローバルな精神を持つ世界市民であり 遊牧民であり 旅する語り部であると 考えたいのです 全ての人々と同様に 私は多様な愛着を持っています そして多様な愛着は 多様な物語を意味します


もちろん 作家として 物語を追いかけはしますが 一方で 沈黙にも関心があります 話せないことや 政治的 文化的タブー また私たち自身の内なる 沈黙にも興味を持っています 私は少数者の権利 女性の権利 LGBTの権利について広く自由に 意見を述べてきました しかしこのTEDトークについて 考えている時に 一つのことに気づきました これまで公の場において 私自身がバイセクシャルであることを 述べる勇気がなかったのです なぜなら その後に続くであろう 中傷 汚名 嘲りそして憎しみを とても恐れていたからです しかし もちろんですが 複雑であることに恐怖して 決して沈黙してはならないのです


(拍手)


私は不安に対して 経験がないわけではないですし ここで感情の力について 話をしていますが ― 感情の力は よく知っています ― しかし あることに気づきました 感情は無限ではないということです そうです 限界があるのです いつかは まるで臨界点や閾値のように 恐れること 不安に感じることに 疲れてしまう時がきます そして個人の中だけでなく おそらく国家の規模でも 感情の臨界点があるのでしょう ですから意識が感情よりも 強いものだとしても ジェンダーや帰属意識と同じように 人生そのものが流動的なものなのです 感情は私たちを 部族に 分断しようとしています でも私たちは国境を越えて つながっています 感情は確かさを求めてきます でも私たちは人生がたくさんの 不思議と曖昧さで あふれていることを知っています 感情は二元論を促してきます しかし私たちは二元論では表しきれない 微妙な違いを持つ存在です


何ができるでしょうか? 基本に戻ることが 必要だと考えています アルファベットの色の話に戻ることです レバノンの詩人 ハリール・ジブラーンはこう言っています 「私はおしゃべりな人々から 沈黙を学び 不寛容な人々から寛容を学び 不親切な人々から親切を学んだ」 この時代にとって 素晴らしい標語だと思います


ポピュリストの扇動家から 私たちに民主主義が 不可欠なことを学び 孤立主義者から 地球規模での連帯の必要性を学び 部族主義から 世界市民主義と多様性の 美しさを学ぶことができるのです


最後に 一つの言葉あるいは 一つの味についてお話しさせてください “yurt” というトルコ語の単語は 「母国」を意味します 「祖国」を意味します 興味深いのはこの単語にもう一つ 「遊牧民族が使うテント」 という意味があることです 私はこの組み合わせが好きです なぜなら 祖国が常に一つの場所である必要はない こう教えてくれるからです 持ち運べるのです どこにでも自分とともに 持っていけるのです そして作家には 語り部には 結局のところ 一つの大きな祖国があると思います それは物語の国と呼ばれています そしてこの単語の味は 自由の味なのです


ありがとうございました


(拍手)


作家のエリフ・シャファクは「ポピュリストの扇動家からは、私たちに民主主義が不可欠なことが学べる」と言います。「孤立主義者から地球規模での連帯の必要性を、部族主義から世界市民主義の美しさを学ぶことができる」と。トルコ出身のシャファクは多様性を失うことによって生じる荒廃を誰よりも直に経験してきました。そして彼女は、権威主義に対抗するときに、複数の選択肢が持つ革命的な力を知っています。情熱的で個人的なこの講演の中で、彼女は私たちに、政治にも感情にも帰属意識にも二項対立など存在しないことを思い出させてくれます。「複雑であることの恐怖に対して、決して沈黙してはならないのです」とシャファクは言っています。 ( translated by Toshiya Komoda , reviewed by Masaki Yanagishita )

動画撮影日:2017/9/20(水) 0:00
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