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ジェレミー・ギレイが語る「平和の日」

2/26(月) 14:16配信

TED

Jeremy Gilley

翻訳

元来 私は世界で起きていることを懸念していました 飢餓や破壊行為 無実の人を殺すといったことが 理解できませんでした これらの事について筋を通すことは 本当に難しいことです そして 私は12歳の時に俳優になりました 私は落ちこぼれで 何の能力もありませんでした 私は失読症だと言われました 実際には私は資格を持っていました 陶磁器のクラスでDを取ったのです これは明らかに便利でした そして懸念は これが来たところにあったのです 俳優として 私はいろいろなことをしましたが 自分の仕事はあまり大したことがなく もっとできることがあるはずだと感じていました


その時 フランク・バーナビーの本を読みました この素晴らしい電子核物理学者は メディアには責任があると述べました 社会すべてのどんな部門でも責任があると言いました 物事を改善し、先に進む努力をする責任です 私はこれに感動しました 自分はカメラの周りで騒ぐ人生しか送ってこなかったからです 自分にもできることがあるだろうと思いました 映像作家になれるかもしれないし 何らかの変化を起こすために 映画を役立てることができるかもしれない 小さな変革に自分が関われるかもしれない そして 私は平和について考え始めました 先ほど言った通り 私は明らかに これらのイメージに心を動かされ 理解しようとしていました 年上で賢い人たちのところに行き 今起きている恐ろしいことを どのように理解しているのか 教わってこようか?


しかし、私は 俳優として雑多なことをしていた経験から 言葉を使うだけでは十分ではなく 登るべき山や 行うべき旅があると 気づいていました その旅に出たならば 成功か失敗かは関係ありません 人間は基本的に悪なのかという質問を 投げかけることが出来る何かを得ることが大切なのです 破壊行為は避けられないのだろうか? 私は子供を持つべきか? それは責任あることなのか?等々


そして私は平和について考えました 平和はどこから始まるのだろうか? その時にアイデアが浮かびました 平和には始点はないということです 地球が一体となる日は一日もなかった 異文化が協力し合う日は一日もなかった 思いやりが一体になる日は一日もなかった これらの事を切り離して みんなで分かち合う― みんなが参加して 一体になって異文化が協力し合えば 人類存続の鍵となるかもしれません もしこれを1日でも行えば 人類が直面する大きな問題に対する 意識のレベルを変えることになるかもしれません


でも私たちにはお金がありませんでした 私は母親の家に住んでいたので 一緒にみんなに宛てて手紙を書き始めました 何をやらなくてはいけないかを理解するためには 物事を迅速にすすめなくてはならないのです いかにして 世界各国の元首から投票を募り 世界最初の停戦・無暴力の日 9月21日を作れるでしょうか? 私はそれを9月21日にしたかったんです 祖父の大好きな番号だったからです 私の祖父は戦争捕虜でした 彼は長崎の原爆が落ちたのを見ました 彼は被爆して 私が11歳の時に亡くなりました 祖父は私のヒーローでした 21という数字には理由があります 700人が出征し 帰途に就いたのが23人でした 船の上で2人亡くなり 21人が帰還しました だから私は9月21日にしたかったんです


そこから私たちは旅を始め 1999年にこの計画を立ち上げました 私たちは各国元首や大使、 ノーベル賞受賞者、NGO、宗教団体、 様々な組織に―文字通りすべての人に手紙を書きました そして、一部の手紙はすぐに返信がありました そこからこのプロジェクトを組み立て始めたんです 最初の手紙の事を覚えています その中の一通は ダライ・ラマからでした 私たちにはお金がなく ギターを弾いてお金を集め 切手代に充てていました ダライ・ラマからの手紙にはこうありました 「すばらしいことです 会いに来なさい 最初の平和の日について話をしましょう」 でも、私たちには飛行機代がなかったんです そこで英国航空のCEOボブ・アイリングに電話して言いました 「私たちにこんな招待が来ています 飛行機に乗せてもらえませんか?ダライ・ラマに会うんです」 そうやって会いに行きました すばらしかったです そして、オスカー・アリアス医師です


このスライドに戻ります 1999年にこの計画を立ち上げた時 - 最初の停戦と無暴力の日というアイデアです - 何千人もの人を招待しました 何千ではないですね、何百人もの多くの人― 多くのメディアもです 私たちは世界初の 「世界平和の日」を作ろうとしていたのです あらゆる人を招待しましたが メディアは1社も来ませんでした 出席は114人- ほとんどが友人や家族でした この計画はそんな風に始まりました でもそれは問題ではなく 記録するということが大切でした 立ち上げは単なるプロセスであり これが最終的な結果ではなかったんです そして それがカメラのすごいところです 文は武より強しと言われますが カメラもそうです その場にいて一瞬をとらえるのは 本当に美しく勇気づけられることです


そうして私たちは旅を始めました メアリー・ロビンソンに会いに ジュネーブに行きました 私は髪を切ったり伸ばしたりしています コフィ・アナンに会うたびに ヒッピーだと思われるのが怖くて髪を切ります だからなんですよ (笑) うん、私は今その事は心配していません メアリー・ロビンソンはこう言いました 「まさに時宜を得たアイデアね 実現させないと」 コフィ・アナンは「国連軍にも役立つ提案だ」 アフリカ統一機構(OAU)ののサリム・アハメド・サリムは 「アフリカ諸国に参加させなくては」と言いました ノーベル平和賞受賞のオスカー・エイリアスは 今、コスタリカの大統領ですが 「私ができることは何でもしよう」と言いました それで私はアラブ諸国連盟のアムル・ムーサに会いに行きました アルーシャ平和会議でマンデラ氏にも会いました などなどです― 私がこのアイデアが理にかなったものだと 証明する活動をする中で こんなことをしてきました


そして私たちは人々の話を聞き 各地で記録を取りました 過去12年間で、76の国を訪れました 行く場所全てで 女性や子供と話をして 4万4千人の若者を撮影しました 彼らの考えを900時間分収録しました より平和な世界のためのスタート地点を持つという このアイデアについて若者を話すと 彼らがどのように感じているのかとてもはっきりします そのスタート地点は詩、芸術、文学、 音楽、スポーツなど、何でもいいんです 私たちは皆さんの話を聞きました


国連や、NGOとこのことについて 取り組むのは信じられないことでした 私は、地球社会を代表して この日を作るという試みを 提示しているのだと感じました この活動がより強固に 詳細になるにつれて この日をつくる可能性が大きくなっていったのです 当時 私は 実際の結果がどうなろうとも それは問題ではないと思っていました 平和の日が実現しなくても 問題ありませんでした もし、この試みがうまくいかなかったら 声明を出せばよかったんです 地球社会が団結に対しいかに無関心だったのか― でもある時 ソマリアで小さな女の子に出会いました 彼女は 消毒薬も使わず 足を4センチ切り取ったのです そして、この男の子は子供の戦士で 12歳位でしょうか - 人を殺したと私に言いました これらの経験を通じて 私は 自分が行っていることは いつでも止められるただの映画ではないと気づきました 何かが私に起きたのです そして 「ドキュメンタリーを撮ろう もしこれが 自分の唯一の映画になるとしても 現実となるまで撮り続けよう」と決めました 私たちは戦争を止めさせ 政治や宗教から離れた場所で 団結するための 行動を取らなければならないのです 若い人間として、これには困惑しました どうやって始めればよいかわかりませんでした


そして、9月7日、私はニューヨークに招かれました コスタリカ政府と、英国政府が 国連総会でこの事を提案し 54の共同提案国とともに 毎年9月21日を世界初の 停戦・非暴力の日にしようと提案し 満場一致で世界の首脳達に受け入れられました (拍手) 何百人もの人たちが これを実現するのに力を貸してくれました 彼ら全員に感謝しています 本当に素晴らしい瞬間でした 私は総会の壇上でこれを眺めていただけでした 先ほども言いましたが これが始まった時 グローブには記者が誰も来ませんでした そして今 私は「メディアがこの話を聞くのだ」と考えていました 突然 その日に向けた準備が始まりました


コフィ・アナンは2001年9月11日の朝、 記者会見を行うために私を招待しました 朝8時に私は会見場に立ち コフィ・アナンが来るのを待っていました もちろん彼は来ませんでしたし 声明もありませんでした 停戦・非暴力の日は 世界に伝えられることがなかったのです 9.11とそれに続く出来事は 世界中で命を失った何千もの人々にとって 悲劇的な出来事でした かつて起きたことのない事件でした 私はこう考えたのを覚えています 「だからこそ 私たちはもっと頑張らなくてはいけない そしてこの日を実現させなくてはならない 平和の日は作られたけれど 誰も知らない 私たちはこの旅を続け 平和の日のことを人々に語りかけ うまく行くことを証明しなくてはならない」


私は疲れきってニューヨークを離れましたが 新しい力を得ていました 平和の日が実現すれば もうこんな悲劇はなくなるかもしれない という可能性に 元気づけられていました フィルムを取り出して皮肉屋のところに行きました 私はこのフィルムを見せたんです イスラエルでこの映画を見た何人かの人に 酷評されたのを覚えています たった1日の平和な日、そんなの全く意味がないじゃないかと アフガニスタンの戦争を止めたりできないだろう タリバンが言うことを聞くはずがない などなど ただの象徴にすぎないと言うのです 現実の状況は その批判ほどひどくはありませんでした 私の計画が上手く行かないはずはなかったのです ソマリア、ブルンジ、ガザ、ヨルダン川西岸 インド、スリランカ、コンゴ どこへでも行きました 彼らは言いました「機会さえ作ってくれれば 援助団体を動かして子供たちにワクチンを打てる 子供たちはプロジェクトの推進力になる 彼らは団結し一つになれる 大人が争いをやめれば 命が助かるんだ」 私はそう聞かされました 対立とは何かを本当に理解する人から教えてもらったのです


そして私は国連に戻り 撮影を続けて もう1本映画を作ると心に決めました 私は数年間国連に籍を置き いろいろな国連機関や 政府 NGOを訪ねて 私の計画を実現するために 協力してくれる人を 必死で探しました そして 本当に数多くの打ち合わせを経て 私のヒーローであり指導者でもある アハメド・ファウジが ユニセフの協力を取りつけてくれました 彼らは「よしやってみよう」と言ってくれました 国連アフガニスタン支援派遣団(UNAMA)も参加してくれました 歴史的なことです アフガニスタンで UNAMA WHOそして市民社会とともに 働くことができるんだろうか? 私はこれを映画にしようと、撮影しながら 「これだ こうすれば上手く行くかもしれない もしだめでも、少なくとも扉は開いた そしてチャンスはある」と思ったんです


そして私はロンドンに戻り ジュード・ロウに会いに行きました 彼が俳優で、私も俳優だったから会ったんです 私は彼とのコネクションがありました この計画にはメディアの参加が不可欠で メディアを呼ぶには売りが必要でした そうして盛り上げることができれば より多くの人が耳を傾けてくれるだろうし ある特定の部門を引きつけることができたら 興味を持ってくれる人が増えるかもしれません そうすれば金銭面でも多少助かるでしょう 私たちは本当に経済的に大変でした 詳しいところまではお話ししませんが ジュードは「よし 声明文を作ろう」と言い


撮影中に「次はどうするの?」と聞いてきました 「アフガンに行く」と答えると彼は「本当に?」 彼の目に少し興味の色が浮かんだのが見えました そこで言いました「一緒に来ませんか? あなたが来たらとても面白いことになります 注目を集めるのに役立ちますし その注目は 状況を変える力になるだけでなく 多くの面で役立ちます」 成功するためには多くの柱が必要です 一つは素晴らしいアイデアを持つこと もう一つは支持者と経済力 そして 皆の意識を高める能力も必要です どんなに成功したとしても私1人で意識を高めることはできません そのため、彼らは本当に重要だったんです ジュードが行くと言ったので 私たちはアフガニスタンに行きました


私たちがアフガニスタンに到着した時、信じられないくらいでした 多くの人々と話し こう言われました 「皆を巻き込まなくてはいけない ただ上手く行くことを期待したら駄目だ 外に出て活動しなくては」 私たちはそれを実行し 多くの地域を訪れ お年寄り 医師 看護婦たちと話しました 記者会見を開き 兵士たちと出かけたりもしました 国際治安支援部隊(ISAF)やNATO 英国政府とも話しました 私たちは誰とでも話をしました 学校の内外で教育関係の閣僚と話をし 記者会見も行いました もちろん、大勢の記者がいました そこで起きていることに関心が集まっていました このすばらしい女性、ファティマ・マガラニはこの現象で大きな役割を持っていました 彼女はロシアの反政府グループの広報官だったのです そして、彼女のアフガンのネットワークは 本当に細部まで行き渡っていました メッセージを伝えるのに本当に必要な人物でした


そして私たちはやるべきことを終え 帰国しました 何が起こるか待たなくてはなりませんでした 家に着いた時 チームのメンバーの一人が手紙を持ってきたのを覚えています タリバンからです その手紙には「この日は休戦とする 我々は平和の日を順守する これをひとつの機会ととらえて この日には交戦を止めることにする」とありました そしてこれは、慈善活動をしている人達が 人質に取られたり、殺されるという事がないということです この時点で私ははっきりと チャンスはあると悟りました 後には 160万の子供たちがポリオの予防接種を受けることができました 皆が停戦、非暴力をした結果です (拍手) 国連総会の時と同じで これは本当に本当にすばらしい瞬間でした


その後私たちは撮影を終え 編集をしました アフガニスタンに戻らなければなりませんでした 映画にダリ語とパシュトン語 現地の方言を入れ アフガニスタンに戻りました 年の瀬を迎え アフガンの人々を支援したかったのです でも実際は アフガニスタンの人たちが ヒーローだったから戻りたかったのです 彼らは平和を信じ その可能性を信じ それを現実のものとしました 彼らに映画を見せて伝えたかったのです 「あなたたちのおかげで完成しました 本当にありがとう」と 私たちはフィルムを彼らに渡しました もちろん上映しましたし、すばらしかったです


そして、その年 2008年です カブールのISAFは9月17日に声明を出しました 「アフガニスタンの国際治安支援部隊司令官 スタンリー・マクリスタル中将は ISAFは9月21日には軍事的な行動を加えないことを 宣言した」 ISAFはやめると言っていたのです そして、他にも声明があります 国連の安全保安局が出したものです それによると アフガニスタンでは この活動のおかげで 暴力行為が70%低下しました 少なくとも平和の日には暴力が70%暴力が減ったのです 本当に驚きました どんなことよりもです


私はニューヨークで足止めされていました 火山噴火のせいです テロよりはずっと被害が少ないものです 何が起きているのかを考えていました この70%についてずっと考えていたんです 70%も暴力行為が減った― 誰もが絶対に無理だと言い 達成もできなかったことです アフガニスタンで暴力を70%減らせるのならば 他のどんな場所でも同じだけ減らせるはずだと考えました 世界的な停戦が必要です 停戦・非暴力の日を活用して 世界的な停戦を実現し 国内レベルでも国際レベルでも 史上最大規模の停戦を行うのです


私たちはこれを行わなければなりません そして今年9月21日、 私たちはO2アリーナで 史上最大の停戦・非暴力の日を作るための プロセスを開始します あらゆるものを利用します ダンスやソーシャル・メディア、 そしてフェースブック、ウェブサイト、署名などです 国連の公用語である6ヶ国語で展開します 世界各地の政府や国際機関 NGO 組合やスポーツ機関と連携します 教育に関する写真もみえますね 私たちは現時点で174カ国に協力者がいて 世界的な停戦というビジョンの 推進力として 若い人たちを呼び込もうとしています もちろんこのコンセプトは人の命を救うことにも役立っています


オリンピックとつなげて― 私はセブ・コーに会いに行き 「ロンドン五輪は停戦がテーマだよ」と言いました なぜ私たちは協力し 停戦を実現しないのでしょう? 史上最大の地球規模での停戦を応援しませんか? 私たちはこの過程を映画にします スポーツやサッカーを活用します 平和の日に 何千ものサッカーの試合が行われるんです ブラジルの貧民街とかどこででもです そして、これらすべてを活用して 一人ひとりの行動をインスパイアするのです 私たちはそれに取り組まないといけません 力を合わせることが必要です


ここで皆さんに向けて話をし 他の人もこの講演を見てくれるだろうと思うと ワクワクした気分になります 一人ひとりの力が合わさって この世界が一つになり 私たちが団結し 根本的な問題に対する意識のレベルを上げる 可能性が生まれているからです 私はブラヒミ大使と会ったことがあります アフガニスタンやイランなど 国際政治の場で すばらしい業績を上げてきた方です とても立派な人です 数週間前 彼と話す機会があり 「世界規模の停戦というのは馬鹿げたことでしょうか? 本当に可能だと思いますか?」と聞きました 彼は「絶対に可能です」と言いました そこで「あなたならどうしますか? ロビー活動で政府を動かしますか?」と聞くと 「いや 個人的に人々と話をするよ」と答えました 全ては個人についてのことであり 私とあなたの事なのです 全てはパートナーシップに関わることであり 支持基盤やビジネスに関わることなのです ともに働くことで 物事を変えていくことができると 私は真剣に思っています


この客席に素晴らしい人がいます どこにいるかはわかりませんが 数日前 私がリハーサルをしている時にこう言われました 「この日のことをずっと考えていました 365の区画を持つ広場を 想像してみて下さい そのうちの一つは白い色をしています」 それを聞いて私は透明な水が入ったコップを想像しました そこに一滴 何かを垂らすと その水は永遠に変わるんです


手を取り合うことで 平和が実現できます TEDありがとう


(拍手)


ありがとう


(拍手)


ありがとう


(拍手)


本当にありがとうございます


クレイジーなアイデアがあります:毎年9月21日を、世界の人々が平和に過ごす日にしようというのです。エネルギーに満ち溢れた率直なスピーチで、ジェレミー・ギレイが、このクレイジーなアイデアをどうやって本当に実現し、紛争地域の何百万という子供たちを助けるに至ったのかを語ります。 ( translated by Mariko Imada , reviewed by Wataru Narita )

動画撮影日:2011/7/15(金) 0:00
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